喜多方の「灰塚山古墳」調査を報告 女性埋葬の可能性示す

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灰塚山古墳の調査結果や経過を説明する辻教授

 喜多方市慶徳町の古墳時代中期(5世紀)に築かれた前方後円墳「灰塚山古墳」の発掘調査報告は11日、同市の喜多方プラザで開かれた。調査を担当した辻秀人東北学院大文学部教授がこれまでの成果や経過を説明し、歴史ファンらが古代ロマンに思いをはせた。

 辻教授は前方後円墳の後円部で見つかった二つの棺について説明。木棺跡には副葬品に太刀以外の武器がなかったため、女性が埋葬されていた可能性を指摘。また石棺には男性とされる人物が埋葬されており、男性は近くにある国指定史跡「古屋敷遺跡」に住んでいた可能性も示した。

 調査で見つかった男性とみられるほぼ前身の人骨について辻教授は、鼻の付け根が平らで顔の形が現代人に近く、身長が古墳時代の平均身長より低いことなどを紹介。「腰椎に変異があり、腰痛持ちだった可能性もある」と意外な一面も説明した。

 会津若松市歴史資料センター「まなべこ」の歴史文化講座「大窪山墓地を巡る」は4日、同センターで開かれ、主に江戸時代初期から中期にかけて会津藩を支えた藩士らの墓を訪ねた。

 大窪山墓地は、会津藩祖保科正之の時代に土葬が推奨されたことから、土葬のための墓地として造られた。小田山の南斜面にあり、広さは約8ヘクタール。現在確認できるだけで約4000基の墓石が残されている。1カ所に1藩の藩士の墓がこれだけ多く集まっている例はほか他になく、全国的にも貴重な史跡。

 講座には、同墓地に先祖の墓がある会津藩士の子孫を含む約20人が参加。正之時代の名家老友松氏興、幕末の儒学者安部井帽山など名の知られた藩士の墓を中心に、会津藩の特徴的な墓の様子を確認した。