郡山・磐光ホテル火災から50年 死者31人...今に生きる防災教訓

  このエントリーをはてなブックマークに追加 
強風にあおられ火勢を強くする火災。室内から出た火は、あっという間に燃え広がったという=1969年2月

 郡山市熱海町で1969(昭和44)年に死者31人、負傷者41人を出した磐梯観光ホテル(磐光ホテル)の火災から5日で丸50年となった。自動火災報知設備の不備や避難通路の確保など、後に防災管理上の問題点が指摘され、多くの教訓を残した大火災。ホテル火災では戦後最大の犠牲者を出した悲劇を二度と起こさせまいという当時の地元消防関係者らの決意は、今も引き継がれている。

 火災は69年2月5日午後9時ごろ発生。磐光ホテルや隣接する娯楽施設「磐光パラダイス」などを焼いた。

 磐光ホテルの火災がこれほど多くの犠牲者を出した原因は、いくつか指摘されている。主な要因の一つは、出火当時、ホテル内の自動火災報知設備の音が出ない状態となっていたこと。このため295人の宿泊客は火災に気付くのが遅れた。犠牲者は一斉に避難しようと出入り口に殺到したが、非常口の扉が施錠されていたことや避難通路に障害物があったことなどが、混乱や逃げ遅れを招いた。防火シャッターなどほとんどの防火戸が機能しなかったことも延焼拡大につながったとみられている。

 温泉や旅館が多い熱海町。地元消防団に入団する直前だった高校3年生の時に火災を目の当たりにしたという県消防協会長の松山一八(かずや)さん(68)=郡山市消防団長=は、火災を機に「大きな建物は特に注意しないと大変なことになる」との認識が地元消防団に受け継がれていると感じている。「火を扱う時はしっかり責任を持たないと、大きな火災になるということを伝えていきたい」と表情を引き締めた。

 磐光ホテル火災の原因となった防災管理上の不備は火災後に社会問題化し、防炎カーテンの導入など全国的に規制が進められるきっかけにもなった。郡山地方消防本部でも、ホテルや旅館など不特定多数の人が利用する施設での、消防法において重大な違反が見られる施設の公表を進めている。同本部の担当者は「多くの人が利用する施設では、防災指導を強化して安心して利用できるよう指導している。磐光ホテルの火災を風化させないよう、今後も改善を呼び掛けていきたい」と話した。