美しい小高川よ再び... 神奈川・平塚の男性、南相馬で草刈り奮闘

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小高川の河川敷で草刈り作業に取り組む山岡さん

 若い人が戻りたくなるような、美しい小高を取り戻したい―。福島県南相馬市小高区を流れる小高川で、神奈川県平塚市から「湘南ナンバー」のトラックで駆け付け、河川敷の草刈りを一人で黙々と続ける男性がいる。

 「神奈川の実家近くにはきれいな相模川があって、子どもの頃はよく川遊びを楽しんだ。原発事故があり、管理が行き届かず、子どもたちが川で遊べなくなってしまったのは大人の責任だ」。山岡滋(しげる)さん(71)は幼少期の思い出を原動力に2018(平成30)年3月から、夜は市内の道の駅で車中泊、日中は河川敷の美化に汗を流している。

 16年7月に大部分で避難指示が解除された小高区では、翌17年に小、中学校が再開。子どもたちが戻ってきた一方で、川面が見えないほど草木がうっそうと生い茂っている小高川には、東京電力福島第1原発事故の影が残っているように山岡さんの目には映った。

 13年から南相馬市でボランティアを続け、避難区域の民家の片付けなど被災者のニーズに合わせて活動に当たってきた山岡さんは自費で草刈り機などを購入。一人で人の背丈以上に伸びた柳や竹、かやなど草木の刈り取りを始めた。

 まったく縁がなかったボランティアを始めたきっかけは原発事故だった。「技術大国の日本で事故が起き、事故対応に狼狽(ろうばい)する国と東電。私にはとてもショックだった」。当時、平塚市で電気工事会社を経営していたが「人として今すべきことをしたかった」と神奈川県に妻と子ども2人を残し、被災地へ向かった。普段から「自分の意志を貫くことが大事」と話していただけに「家族からは特に何も言われなかった」。

 最初は宮城、岩手両県で活動を始めたが、放射線の影響で「若い人が入りづらく、人手が少ない」と聞き、南相馬市に入った。

 南相馬に入って6年。うれしい変化があった。「県外ナンバーの車が毎日河川敷にいる」と不審げに見られていた山岡さんだが、地道に作業を続けるうちに声を掛けられることも増え、河川敷へのごみの不法投棄が減った。「部外者の私が小高に受け入れられていく感覚で、感謝したい」と山岡さん。

 川沿いの遊歩道にはサクラの木が並ぶ。「きれいになった川とサクラ。写真が映えそう」と春の訪れを待ちわびる。15日で71歳を迎えた。「もう高齢者ですから、健康のために体を動かし続けるしかありません」。そう言って笑うと草刈り機のスイッチをもう一度押した。

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