「天王山遺跡」弥生時代の住居跡か 東北の生活実態解明に期待

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竪穴建物(住居)跡と考えられる遺構が確認された天王山遺跡

 弥生時代の遺跡とされる白河市久田野の「天王山遺跡」の発掘調査で、市は21日までに竪穴建物(住居)跡と考えられる遺構を3カ所で確認した。同遺跡に集落が存在していた可能性があり、弥生時代の東北の生活実態解明に期待がかかる。

 市や同遺跡調査検討委員長の石川日出志明大文学部教授(64)によると、遺跡は独立した丘陵(標高約407メートル)の頂部に立地する特殊な遺跡で、集落の存在を否定する意見もあった。確認された建物跡は複数回にわたり建て替えられたと推定される。石川教授は「(東北最南端における)当時の様子や関東との関わり、遺跡の性格を今後明らかにしてほしい」と話している。市は同遺跡の調査を進め、国指定史跡の指定を目指す。

 今回の調査は2016(平成28)年に開始。18年度の調査では30~40センチの深さから竪穴建物跡が確認されたほか、勾玉(まがたま)や石鏃(せきぞく)など約10点が見つかっている。

 天王山遺跡は、1950(昭和25)年に土器、クリやコメなどの炭化物が偶然に発掘され、歴史に造詣の深かった白河農高(現白河実高)教諭の故藤田定市氏が調査を行った。出土した土器は新たな形状などが確認された。

 藤田氏の長男定興さん(77)=栃木県那須町=は、69年ぶりの進展に目を細めた。50年の天王山遺跡の発掘調査当時、白河市にあった自宅で採掘された土器の接合などを手伝ったという。定興さんは「これまで分からなかった集落とされる存在が明らかとなったことは大きな一歩。全容解明を進めてほしい」と語った。