「今度は自分が守る」 浪江消防署・渡部さん、地域の力強い存在に

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消防車両を点検する渡部さん(右)。地域防災の力強い存在になりたいと誓う

 「今度は自分が古里を支えたい」。消防副士長の渡部友綱さん(25)は浪江消防署(浪江町)で車両の点検に目を光らせながら言葉に力を込めた。東日本大震災、東京電力福島第1原発事故の直後から被災地の復旧活動に懸命に当たった消防隊員のように、復興へと歩む古里の力強い存在になりたいと思い描く。

 「ドーン」。突然、地鳴りが響いた。2011(平成23)年3月11日午後。当時は、自宅がある浪江町から双葉町の双葉高に通う2年生だった。野球部の練習で使っていたグラウンドが激しく揺れ、立っていられず、地面にはいつくばった。

 「広い所に逃げろ」。誰かの叫び声を聞き、無我夢中でグラウンド中央へと走った。見上げた電柱は大きく傾いていた。「この世の終わりかと思った」

 揺れが収まると、部員と一緒に高台に避難した。日が暮れて迎えに来てくれた両親の無事な姿がうれしかった。安心したのもつかの間、ニュースで第1原発の爆発事故を知った。自宅は原発から半径20キロ圏内。父親の仕事の関係者のつてをたどって山形県へと向かった。

 避難する道中、赤色灯を点灯させながら続々と被災地へと向かう消防車両と擦れ違った。「全国から応援に駆け付けてくれる姿が心強かった」。それが消防隊員を志すきっかけだった。

 山形県からさらに避難した福井県で専門学校に進み、公務員になるため勉強に励んだ。念願がかない、13年4月に富岡消防署楢葉分署で消防人生をスタートさせ、2年後に浪江消防署に配属となった。

 救急を担当するが、規模がそれほど大きくない消防署のため、「火災が起きれば現場に駆け付け、啓発もする。何でもこなすことが求められる」。

 巡回活動で頻繁に浪江町も巡る。「本当に自分が住んでいた町なのかな」。住宅の明かりが少ない町の姿に、ふと寂しくなる時がある。人口約1万8千人のうち、町に戻った住民は1割に満たない。「地域の防災力を高めれば安心につながり、町に戻ろうと考える人が増えるはずだ」。そう信じて昼夜の業務に励む。古里がかつてのにぎわいを取り戻す、その日まで。