「浜のリーダー」へ決意を胸に 漁師・佐藤さん、父の技術受け継ぐ

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「福島の魚のおいしさを伝えたい」と目標を掲げる佐藤さん

 「この網はどうすればいい」「機械の調子がよくないのかな」。父から技術を学び、成長を続ける漁師がいる。いわき市四倉町の佐藤文紀(あやのり)さん(28)は父芳紀さん(60)の後を継ぎ、本県の漁業復興を思い描く。「福島の魚がおいしいことを日本中に伝えたい」。大海のような大きな目標を掲げた。

 海へと出る父の背中を見て漁師になる夢を抱いた。高校を卒業後、当然のことのように父の船に乗るつもりだったが、「今の時代、何があるか分からない」と諭され、東京都内の大学に進学した。2011(平成23)年3月11日。当時2年生で漁を手伝うために帰省していた佐藤さんを東日本大震災の津波が襲った。

 船を沖に出し、辛くも被害を免れたが、「港は津波でめちゃくちゃ。船で一夜を過ごした」と佐藤さんは激動の一日を振り返る。その夜、船上で目にしたのは、火災で真っ赤に燃え上がったいわき市久之浜地区の沿岸部。「引き潮で流された死体も見た。何が起きているのか分からなかった」と当時抱いた不安な思いを吐露する。

 翌12日の昼すぎ、港に戻った佐藤さんを待っていたのは変わり果てた古里の姿だった。追い打ちをかけるように東京電力福島第1原発事故が起きた。都内の親戚方に身を寄せた佐藤さん一家。「何が起こるか分からない」。父の言葉が頭の中でこだました。

 大学を卒業するまで都内で過ごした佐藤さんは原発事故の風評を肌で感じた。それでも漁師になる決意は揺るがなかった。本県漁業を巡る風評は震災から8年がたつ今でも消えず、漁業は試験操業の段階。「まずは本操業にもっていく。その時にしっかりと水揚げして、全国で福島の魚を食べてもらえる環境を整えるべきだ」と佐藤さんは力を込める。

 四倉の漁師たちは名物のホッキ貝を都内で振る舞い、おいしさをアピールしている。佐藤さんも全漁連の若手育成事業に参加、「浜のリーダー」になるために研さんを積む。「漁業の町が廃れるのは寂しい。自分が浜を引っ張り、次の世代にも引き継いでいきたい」。佐藤さんは決意を胸に前へ進む。