放射線...「分からないから風評に」 福島医大医学部・及川さん

  このエントリーをはてなブックマークに追加 
「患者に丁寧に分かりやすく話すことができる医師になりたい」と話す及川さん

 「専門家と一般の人との信頼関係の構築が最重要課題です」。福島市で2月23日に開かれた東日本大震災と東京電力福島第1原発事故の教訓をどのように国内外に発信するかを考えるシンポジウム。福島医大医学部4年の及川孔(こう)さん(22)は登壇し、放射線の健康影響を巡るコミュニケーションの難しさ、試行錯誤の末に得られた成果こそ、広く発信するべきだと訴えた。

 県民は原発事故により、それまでは無関係だった放射線を巡る難しい問題と向き合うことになった。8年前、南相馬市原町区の中学2年生だった及川さんも「原子炉建屋の水素爆発」など、未知の事態に翻弄(ほんろう)された一人だ。

 「母と弟を頼んだぞ」。及川さんは家族と福島市に避難することになった。父友好さん(59)は当時、南相馬市立総合病院の副院長(現在は院長)の立場にあり、現場の指揮を執るため避難できなかった。「これでもう会えないかもしれない」と考えた父は、及川さんに家族が写った写真を手渡し、そう告げたという。

 「水素爆発と言われたが、原発の炉心なのか建屋なのかも分からず、とりあえず逃げなければならないという状況だった」と振り返る。

 その後、福島医大に進学した及川さんは、サイエンスコミュニケーション(科学的話題を市民に伝えること)に興味を持つようになった。「放射線についてみんな分からないから風評被害も起きた。次世代に放射線について正しく伝えるためには、どうしたらいいかと考えるようになった」

 医学生として旧ソ連のチェルノブイリ原発事故で被害を受けたベラルーシを訪れ、日々の生活の中で放射線と向き合っている住民の姿も目の当たりにした。

 現在は医師を目指して学業に励む。「声にならない痛みを抱えている子どもたちに寄り添いたい」と小児に関わる診療科の医師を目指す。

 8年がたち原発事故直後の混乱はなくなったが、いまだ不安を抱える県民もいる。及川さんは意欲を口にする。「患者に親身になって接し、丁寧に分かりやすく説明できる医師になりたい。放射線の健康影響について正しく伝えるための取り組みも続けていく」