東日本大震災から「8年」 ひたむきな福島県民...悲しみ今なお

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東日本大震災の津波で県内最多636人の尊い命が奪われた南相馬市。震災が起きた2011年に生まれた男子児童(7)(左)は、母(46)と今夏に9年ぶりの再開を控える北泉海水浴場で津波犠牲者に黙とうをささげた=11日午後2時48分、南相馬市原町区・北泉海水浴場

 巨大地震と大津波が本県を襲った東日本大震災から、11日で丸8年を迎えた。時計の針が午後2時46分を指すと、被災地の海岸や街では、人々が静かに手を合わせ、鎮魂の祈りをささげた。

 ひたむきな県民の思いと努力で復興は前進を続けているが、震災、東京電力福島第1原発事故という未曽有の災害の爪痕は残る。4万人以上の県民が避難生活を強いられ、家族や友人を失った被災者の心から悲しみが消えることはない。

 除染などの取り組みで空間線量は原発事故発生時と比べ大幅に減少。中間貯蔵施設への除去土壌の搬入は対象52市町村のうち23市町村の輸送が完了した。大熊、双葉両町など6町村の特定復興再生拠点区域も除染が進むなど、復興のまちづくりも進んでいる。

 一方、原発事故に伴う避難指示が帰還困難区域を除くほとんどの地域で解除され、間もなく2年となるが、大熊、双葉両町を除く9市町村の旧避難指示区域に戻った住民の割合(帰還率)は全体で23%にとどまる。住民帰還の動きは鈍いままだ。

 風評・風化の問題、溶け落ちた核燃料(デブリ)の取り出しや汚染水対策など難題が残る福島第1原発の廃炉作業など、復興のゴールはいまだ見えない。ただ、それでも県民は9年目に向けて、歩みを進める。国内有数のサッカー施設「Jヴィレッジ」(楢葉、広野町)は4月20日に全面再開する。復興の道を歩む福島の姿をアピールする日になる。

 「手と手をつなぎ/ぼくら/きずなに/たねは/大地に/夢は/ゆくえに/虹をかけたい...」。福島市在住の詩人和合亮一さんが作詞を担当した浪江町のなみえ創成小・中の校歌の一節。県民が震災、原発事故の悲しみを忘れず、夢や希望を抱きながら、共に歩む先に復興の明かりがともる。