『涙雨』...福島県各地で静かな祈り 東日本大震災から「8年」

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ろうそくの明かりに鎮魂と復興への願いを込めたキャンドルナイト=11日午後6時12分、福島市

 犠牲者の安らかな眠り、今日より一歩でも前に進んだ明日。東日本大震災から8年となった11日、県内各地で祈りをささげる人の姿があった。慰霊碑を前に、暗闇に浮かぶキャンドルを前に、静かな祈りが各地を包んだ。

 「光」に込めたメッセージ

 県主催の追悼復興祈念行事「キャンドルナイト」は11日、福島市のJR福島駅東口広場で行われ、来場者が幻想的な光をともして犠牲者の冥福を祈った。

 会場にはキャンドルホルダー約3000本が並べられ、「3.11」などの形が浮かび上がった。来場者は「絆」「負けないで」「みんなが笑顔に」など思い思いのメッセージを書き込んだ。

 刻まれた名に語り掛け

 119人が震災で犠牲となった新地町では11日、町沿岸部に整備が進む釣師防災緑地で犠牲者の名前を刻んだ慰霊碑が初めて公開された。遺族が亡くなった親族らの名前を探しながら静かに祈りをささげた。

 防災緑地周辺は震災前に160戸程度の住宅が広がっていた地区。慰霊碑は遺族らの要望で建てられ、確認の取れた110人の名前を刻んでいる。新年度の開設を前に震災命日で特別に公開され、海水浴場や漁港を臨む高台に次々と町民が訪れた。

 「白河での経験、後世に伝える」

 大規模な地滑りにより、13人が犠牲となった白河市葉ノ木平地区では11日、同地区の葉ノ木平震災復興記念公園で追悼供養祭が行われた。供養祭では、同市向寺自治会長で聯芳(れんぽう)寺住職の竹貫博隆さん(70)が読経。参列した遺族らが線香を供え、手を合わせた。

 震災当時、救命活動に従事した日体大の医学博士朝日茂樹教授(66)は「『山津波』からとにかく逃げること。白河での経験を後世に伝える使命を胸に診療を続けたい」とあいさつした。鈴木和夫白河市長も参列した。

 海見つめ「戻ってこい」

 いわき市平薄磯地区の慰霊法要は11日、同地区の修徳院で行われた。震災が起きた午後2時46分に合わせ、参列者らが慰霊碑に向かって黙とうをささげた。続いて全国から集まった真言宗智山派の青年僧が読経する中、焼香して手を合わせた。

 海岸に移動した後、青年僧が海に入って犠牲者の名前が書かれた紙塔婆を流し、犠牲者を供養した。近くに住む菅波守夫さん(86)は震災当日、ワカメを採るため一緒に海へ出ていた仲間が津波で犠牲になった。仲間を思い、海を見つめながら「戻ってこい、と言いたい」と声を詰まらせながら語った。

 いわきFC「諦めない姿勢、試合で」

 サッカーのいわきFCとチームを運営するいわきスポーツクラブなどは11日、いわき市のいわきFCパークで東日本大震災の犠牲者を追悼した。

 パークが完成する前の敷地に震災直後、広野町の仮役場が置かれていたことや、被災地の復興から成長に携わるというチームの原点に立ち返ろうと追悼式を実施した。同クラブの親会社ドームの安田秀一会長・CEOや同クラブの大倉智社長、選手ら約300人が参加した。キャプテンの平沢俊輔選手(24)は「諦めない一生懸命な姿勢を試合で見せたい」と思いを語った。

 にぎわう「北泉」を取り戻す

 7月に9年ぶりの海開きを控えている南相馬市原町区の北泉海水浴場では11日早朝から、地元住民らが津波犠牲者へ祈りをささげる姿があった。

 同海水浴場は国内有数のサーフスポットとして知られる。同市鹿島区でサーフショップ「サンマリン」を経営する鈴木康二さん(63)は午前7時40分ごろ、同海水浴場を訪れ、静かに祈りをささげた。

 ほぼ毎朝、同海水浴場を訪れては、波の状況を確認しているという鈴木さん。「震災前のように、サーファーや海水浴客でにぎわう北泉を取り戻したい」と誓った。