【復興の道標・5年の歴史-1】原発、言い訳にしない 地域課題と向き合う
「『復興支援』ばかりですね」。浜通りの高校に勤める男性教諭は昨秋、福島大が行った被災地支援事業に参加した男子生徒が書いた感想文を見てがくぜんとした。支援されることが当たり前のようになり、感謝の気持ちを忘れたような淡泊な文章。
確かに、被災地では有名人の学校訪問など県内外の団体による復興支援事業があふれるほど行われてきた。「まるで、数ある支援の中からほしいものを選ぶ『支援の消費者』のようだ」
5年前は違った。原発事故による避難や部活動の制限を体験した生徒は「自分が他者にどれだけ支えられていたのかを実感した」と話していた。「地域のため」と大学卒業後、地元で就職するケースも少なくなかった。
しかし今、外部から「まだまだ支援が必要だ」と差し伸べる手があっても、平穏な生活を送っている生徒たちには実感を持って受け止めることができないのだと、男性教諭は思う。
「果たしてそれでいいのか」。3.11直後の深刻な状況ではなくなったとはいえ、地域は若者の減少や既存産業の衰退など震災以前からあった課題を抱える。復興需要の減少により、今後は地域経済の悪化も予想される。「もう一度、被災地に生きる当事者として地域の課題に目を向けてほしい」。5年前を思い出しながら、男性教諭は語る。
「原発事故さえ起こらなければ、こんなことにならなかった」。この5年間、本県が抱える問題を語る際によく使われたフレーズだ。しかし避難区域を除けば、地域が直面する課題には震災前から存在したものも少なくない。
「今までは、何でも原発事故のせいにしてきたんだよな」。福島歯科医師会理事を務める福島市の歯科医、末永弘卓(ひろたか)(48)は反省を込めて語る。県によると、2014(平成26)年度の虫歯のある県内6歳児の割合は65.5%で、全国で最も高い。虫歯が多いのは6歳児だけではない。避難の影響や外遊びが制限され、菓子を食べる機会が増えたことが要因と指摘する声もある。
しかし末永は「県内では原発事故前から虫歯が多かった。食生活の改善や虫歯予防の具体的な取り組みが必要だ」と力を込める。県は本年度、虫歯予防に有効とされるフッ素で口をゆすぐ「フッ化物洗口」の学校での導入を促す事業を始めた。
◆休校後も運動会に協力
原発事故を言い訳にせず、自ら地域課題に取り組む―。そんな矜持(きょうじ)に基づいた取り組みが広がっている。
5月下旬、福島市東部の大波小の校庭に、子どもたちの歓声が響き渡った。
原発事故直後、放射線量が市内でも比較的高い地域とされた大波地区。親の放射線に対する不安などから地域の少子化に拍車が掛かり、大波小は14年の春から休校を余儀なくされた。
休校後も、地元の体育協会が運動会を主催している。「毎年、子どもの参加は増えてきた。地域住民もみんな協力してくれる。5年前とは、違う」。大波地区町会連合会長を務める佐藤秀雄(68)は目を細める。
少子高齢化を止めることはできないが、地域一体で活性化に取り組んでいることを誇りに思う。佐藤は前を向く。「原発事故がもたらした被害は決して忘れてはいけない。だが『原発事故がなかったら』と言っているだけではどうしようもないんだ」(文中敬称略)
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東日本大震災と東京電力福島第1原発事故後の5年間は、県民に何をもたらしたのか。シリーズ最終章では、県民が経験した出来事をたどりながら、今後どこに向かうべきなのか、道しるべを探す。
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