【復興の道標・5年の歴史-3】甲状腺検査の在り方は 「受けない意思も尊重」
「なぜ行っているのか分からない検査を受けて、まれにがんと宣告されるような理不尽さを、そのままにしておいていいのか」
甲状腺検査を巡るコミュニケーションを担当する福島医大の放射線健康管理学講座准教授の緑川早苗(48)は昨年度、子ども向け「出前授業」を始めた。子どもたちの多くが、健康を見守るという検査の目的を知らずに受診していることを理不尽と感じたからだ。
原発事故時18歳以下の県民が対象の甲状腺検査。対象者にがんが見つかっているが、医師や有識者などでつくる県民健康調査検討委員会は「現時点で放射線の影響とは考えにくい」との見解を一貫して説明している。精度の高い集団検診により、これまでは見つからなかったがんを多数見つけている可能性が指摘されている。
親の放射線不安を背景に、県内のほとんどの子どもが検査を受けた。しかし緑川は「検査の意味や限界に親子の理解を得た上で、検査を受けるかどうかの選択肢を提示することが重要だ」と考える。
一般的に甲状腺がんは治ることが多いため、検査実施による「死亡率の低下」というメリットは生じにくい。一方、がんと診断された際の精神面の影響などのデメリットもあり、世界的に推奨されていない。「5年が経過し、こうした事情も踏まえて検査の在り方を考える時期にきている」
出前授業で緑川は、検査でがんが見つかる可能性があることなどを説明した上で、こう話す。「『がんが見つかったら嫌だ』と思う人は、受けない意思も尊重されます」
県民の放射線不安が先行したため、子どもの検査への同意の必要性や、検査のデメリットを巡る理解が十分進まなかったこの5年。緑川は振り返る。「原発事故が起きて『検査を受けなければ』と県民が考えたのは当然だ。また、検査結果を放射線と結び付けて不安に思ったのも当然。だが今思えば、その全てが理不尽な体験だった」
県内の親子が経験した理不尽さは、甲状腺検査にとどまらない。福島めばえ幼稚園(福島市)の副園長伊藤ちはる(44)は事故後すぐ一対一で母親の不安に応じる相談室を設置。「県外に避難すべきか」「県産品を避けるべきか」。さまざまな悩みに応じた。
5年たった今、経験を前向きに受け止める意見も出てきた。「母親たちは、逆境の中で経験したことを今後の人生に生かしたいと考えている」
出前授業で子どもたちに接しながら、緑川は願う。「将来、放射線以外の健康リスクについても重要な意思決定を迫られることがあるだろう。その時、この子たちには5年の経験を判断材料として役立ててほしい」(文中敬称略)
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