【復興の道標・不条理との闘い】自分で見て伝えたい モモ吐かれた経験原点
「ご安全に」。大勢の作業員が行き交い、あいさつを交わす。昨年7月、東京電力福島第1原発を初めて訪れた福島大2年の上石(あげいし)美咲(20)は、第1原発に抱いていたイメージとの隔たりに驚いた。「以前は悪いイメージしかなかった。ガラの悪い雰囲気で、劣悪な環境なんだろうと思っていたが、そんなことはなかった」。日常のニュースの見方が変わった。
上石が第1原発を視察したいと考えた背景に、県外で経験した忘れられない出来事があった。
2015(平成27)年夏、ミスピーチキャンペーンクルーの一員として横浜市の百貨店で福島のモモの販売促進イベントに参加。1人で買い物に来ていた女性にモモの試食を勧めた。「おいしいね。どこ産の?」との質問に「福島から参りました」と答えると、女性はモモを吐き出した。
「『福島は危険』というイメージが強く残っていて生理的に無理だったんだと思う。せっかくおいしいと感じて下さったのに」
その瞬間、ミスピーチの研修で訪れた農家の話が頭に浮かんだ。県内農家は原発事故後、果樹園の樹木一本一本の高圧洗浄や放射性物質の吸収を抑制するためのカリウム散布など対策を重ねた。厳しい検査体制が構築された今、国の放射性物質の基準値を上回る農産物が出荷されることはない。
大部分の人は福島のモモを喜んでくれるが、一部に偏見が残る現状を痛感し、決意が芽生えた。「不安だとしても説明すれば分かってくれる人に、もっと伝えていきたい」。昨年、ミスピーチに再び応募し、もう1年続けることになった。自分で実際に見れば相手に伝えられる情報量は多くなる。番組で知り合ったフリーアナウンサーの大和田新(61)に、第1原発を視察したいと頼んだ。
誤解に基づくいじめ
大和田は大学生ら若い世代との第1原発視察を続けている。上石がモモを吐かれたことも、県外で相次いで発覚している本県からの避難者に対するいじめも、誤った理解に基づく「福島県へのいじめ」と捉える。「廃炉まで長期間の復興を担う若者に、県民が苦しんでいる根源である第1原発を自分の目で見て、外に発信してほしい」と話す。
東電によると昨年12月末までに第1原発に視察や取材などで訪れたのは約2万9000人。国や自治体だけでなく仮設住宅自治会や商工関係者も視察し、最近は若者の視察も増えている。被ばく線量はバス車内からの視察で20マイクロシーベルト以下。20マイクロシーベルトは航空機で東京―ニューヨーク間を移動(片道)した際に受ける被ばく量の5分の1程度に相当する。
上石は原発視察を通じて、こう強く思うようになった。「福島にはまだ解決できていない部分が多くあって、簡単には語れない。それでも、ちゃんと福島のことを知ってほしい。良い部分も悪い部分も、両方伝えられる人間になりたい」
ふくしまFMで4月から、上石と大和田が出演するラジオ番組が始まる。メインパーソナリティーの上石は県内各地に取材に出向き、目にしたこと感じたことを広く伝える予定だ。(文中敬称略)
◇ ◇ ◇
震災、原発事故から間もなく丸6年。「福島は危険」といった偏見などゆがんだ見方は国内、海外で根強く残る。正しい理解をどう広げるか、必要な取り組みを考える。
- 【復興の道標・放射線教育】ママ考案「○×テスト」 相馬・中村二中で初授業
- 【復興の道標・放射線教育】学び続ける風土つくる 意欲に応える方策を
- 【復興の道標・放射線教育】教える側の意識が変化 福島モデル確立へ
- 【復興の道標・放射線教育】「なぜ学ぶか」が出発点 理解し伝える力に
- 【復興の道標・放射線教育】「放射能うつる」の誤解 学校外の連携模索
- 【復興の道標・放射線教育】安全性伝える知識必要 相馬農高生が実感
- 【復興の道標・放射線教育】子どもが学び家庭へ 測定検査で実践的活動
- 【復興の道標・識者の意見】立命館大准教授・開沼博氏 寝た子を起こすべき
- 【復興の道標・識者の意見】県国際交流員・ナオミオオヤ氏 ALTが情報発信
- 【復興の道標・番外編】理不尽に心痛める福島県民 教育・行政対応求める