「国は最後まで責任を」 富岡から郡山の仮設に避難女性

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「国は最後まで責任を」 富岡から郡山の仮設に避難女性

郡山市の仮設住宅で週6日の訪問介護サービスを受けている女性。「国は最後まで責任を持って面倒を見てほしい」と訴える

 「唯一のストレス解消はテレビを見ることぐらい」。富岡町から郡山市の仮設住宅に避難している無職女性(83)は震災後の避難生活の中で、要介護1と判定された。今は、隣の棟に暮らす長男の会社員男性(57)の看病を受けながら週6日、1時間の訪問介護サービスを受けている。

 女性は体調不良で入院していた富岡町の病院で、退院間近に震災と原発事故に遭った。一時、山形県に避難した後、夫と長男の3人で2011(平成23)年8月に郡山市の仮設住宅に移った。夫も避難生活で体調を崩し、同年6月に要介護2の判定を受けた。長男が両親の看病を続ける日々が続いたが、夫は昨年3月に亡くなった。女性は避難生活の中で心臓を患い、昨年2月、同市内で心臓手術を受けた。慣れない土地でのストレスもあり、手術前後で体重が約20キロ増減。仮設住宅にこもりがちになっているという。

 長男は将来の帰還に向け、「いつでも帰れるように家は住める状態にしておきたい」と月1回のペースで居住制限区域となっている自宅に戻り、片付けなどをしている。長男は「本当はもっと頻繁に戻りたいが、病弱な母をあまり一人にさせてはおけない。近くに母を安心して長時間預けられる施設があれば」と話す。さらに「帰町できるようになったとしても母にいざ何かあったときの医療環境を考えると不安だ」と切実な思いを語る。

 女性は「国の指示で避難させられたのだから、国は最後まで責任を持って自分たちの面倒を見てほしい」と訴えている。