「仮の町構想」どうなった? 分散型へ、インフラ整備が必要

(数字はいいね)  このエントリーをはてなブックマークに追加 

 「以前からできるできると言いながら、いまだ具体的に目に見える形になっていない」。浪江町から二本松市の仮設住宅に避難する天野茂さん(80)はいら立ちを見せながら話す。指摘するのは、原発事故で全町避難とともに叫ばれた「仮の町」が、その後、復興政策の中でほとんど語られることがなくなった点だ。避難先の自治体の中に、さまざまな機能を備えた避難自治体の集落を造る構想は、消えてしまったのか。

 小規模化で"絆"維持へ

 マスコミをにぎわせた「仮の町」構想は、現在は「集中型のコミュニティー」とされ、避難町村の復興計画などの中では「分散型の地域コミュニティー」に取って代わられている。

 「受け入れ自治体のことを考えると、よその自治体に勝手に自分たちの街をつくってしまう表現に抵抗を感じるのではないか」。浪江町は当初から「仮の町」の用語を使っていない。担当者は「仮の町」が語られなくなった理由を推測しながら、確信を持って付け加える。「住民にとっては、それぞれの人生は『仮』ではなくまさに現実なんだ」

 「仮の町」は、現場で構想を実現する上でも壁にぶつかっていた。大熊町は当初、集中型の町外コミュニティー、まさに「仮の町」を、いわき市に整備する考えがあった。しかし、大規模な集団移住には雇用環境をはじめ、学校などの生活、社会インフラを整備する必要がある。担当者は「それだけの開発が可能だろうか。自治体の中に自治体を設けることは課題が多過ぎる、となった」と話す。

 同町は、大規模な集落整備ではなく、行政区の「班」など小規模で絆を維持できる制度がいいと考える。災害公営住宅に設けられる集会所に町民が集ったり、地元住民との交流が図られたりする関係を望んでいる。

 集中型の効率生かす

 分散型が主流になった一方で、集中型の効率性をうまく取り入れる動きもある。双葉町は役場機能を置くいわき市南部に災害公営住宅や特別養護老人ホームなどを集中させ避難先の拠点とする方針だ。ほかにも郡山市、南相馬市、白河市に災害公営住宅や町民が交流できる施設を整える。

 当初の埼玉移転で全国的に注目された一方、町民たちは各地に分散し、まとまりを保った他町村に復興面で後れを取ってきた。伊沢史朗町長は「町そのものが一つになった方が、町の存続や行政サービスの提供もしやすくなる。現実には分散してしまうのだが、できるだけ集約の方向を考えている」を話す。

 葛尾村は用語こそ「仮の町」は使っていないが、三春町に仮役場庁舎を置き、周辺の仮設住宅には全村民の約6割が避難、実質的な「仮の町」を形成している。金谷喜一副村長は、帰還に向けて村と村民のつながりが比較的保たれた状態にあると分析。同町の仮設住宅に避難する飲食業石井一夫さん(58)は「いずれ村に戻ることを考えれば、まとまっていた方が良い」と話す。

 いわき市、自治体と協議方向性を模索

 2万人以上の双葉郡住民が避難しているいわき市は、土地事情や市の都市計画の観点から、大規模開発行為がない分散型を提案してきた。現在、清水敏男市長は避難の形よりも避難者の生活再建支援を最優先とし、自治体と個別協議しながら町外コミュニティーの在り方を模索する。

 郡山市では、復興公営住宅約570戸が建設される計画があり、市の担当者は「避難者と市民の関係はうまくいっている。住宅完成後も地域との関係性が大事」とみている。ただ、復興住宅に多くの子育て世代が入居した場合、学校の改修などが必要になると課題も把握している。