営農再開へまず一歩 コメ農家・寺沢さん"喜び・不安交錯"

 
営農再開へまず一歩 コメ農家・寺沢さん

原発事故後初めての本格的な作付けに向け、トラクターを手入れする寺沢さん

 本県の農林漁業は東日本大震災と福島第1原発事故から4年となる現在も、風評や放射能との闘いが続いている。コメ農家にとっては作付け制限の解除が進むなど明るい兆しも出てきた。一方で、県産和牛の卸売価格は全国平均と比較して苦戦を強いられているほか、原木シイタケの産地では栽培を再開できない農家も多い。漁業は試験操業の対象魚種が拡大しているが、本格操業の見通しは立っていない。農林漁業の再生はいまだ道半ばだ。

 東京電力福島第1原発事故に伴うコメの作付け制限の解除が拡大している。今年は南相馬市のうち、第1原発から半径20キロ圏(旧警戒区域)外の旧原町、旧鹿島両地域の水田約4200ヘクタールの制限が解除される。葛尾、川内両村の一部でも制限が緩和される。コメ農家は営農再開の喜びの半面、不安も抱える。南相馬市鹿島区の認定農業者寺沢白行さん(64)は、2015(平成27)年産米から本格的な作付けを再開する。「心配は尽きない。それでも一歩を踏み出さないと」。進まない農地除染、風評被害、米価の下落。不安を抱えつつ、秋に波打つ黄金の稲穂を思い浮かべる。

 原発事故前は建設会社に勤めながら、約23ヘクタールの農地でコメを作っていた。原発事故後の12、13年は水田の一部で試験栽培を実施、同市で本格的な稲作が再開した昨年は作付けを休み、他の農家の水田の管理に汗を流した。15年産米は飼料用を中心に、約20ヘクタールでの作付けを計画している。

 市は15年産米を作付けする農地を優先的に除染する方針だが、寺沢さんの水田ではまだ作業が始まっていない。「間に合うのか」。本年産米から同市の旧警戒区域外では作付けを自粛しても東電の賠償が発生しない。「この状況で賠償を外されても困る。除染が完了した来年から、気持ちよく作付けを再開したかったが」。本音がこぼれる。

 原発事故以降、稲作の自粛による体力の低下、後継者不足で農地を手放そうとする人が増えているという。「我々は被害者。好きな農業をしたくてもできない状況に追いやられた」。不満が渦巻く中、市の農業の将来を憂い15年産米の作付けに踏み出す。「心境を分かってほしい」。農家の思いを代弁した。

 苦戦続く県産和牛 

 東京電力福島第1原発事故による風評により、買い付けた子牛を肉牛に育てて出荷する肥育農家は、子牛の高騰とも相まって厳しい経営を強いられている。

 全農県本部によると、本宮市の県家畜市場で毎月行われている和牛(子牛)の競りは、依然として高値相場が続いている。全国的に子牛の出回りが少ないことや、県産和牛の安全性が肥育農家から理解を得られたことなどが要因という。繁殖農家にとっては歓迎すべき高値相場だが、一方で肥育農家には子牛の仕入れにかかるコスト増が重くのしかかる。風評も続いており、県産牛の卸売価格も苦戦している。状況の打開に向け全農県本部は、県産和牛の質の高さや安全性を全国にPRするため販売強化策を展開している。

 石川町で和牛450頭を肥育している鈴木崇義さん(65)は「国や県、東京電力は現状を知ってほしい」と4年となっても変わらぬ現状を嘆く。現在、他県産と比べ県内産の1頭あたりの枝肉価格は平均10〜15万円安いという。鈴木さんは毎月25頭ほど子牛を買い付けているが価格が高騰しており、利益が出ない構造が定着してしまったという。

 震災以前は県外で子牛を買い付けていたが、今は県家畜市場で購入している。「地元で一緒に頑張って県産和牛をもり立てたい。(賠償など)お金だけの問題でもない。風評払拭(ふっしょく)へ向け、国や関係機関は安全性を発信していってもらいたい」と切実に願う。

 漁業、いまだ遠い本格操業 

 県漁連が進めている試験操業の漁獲対象魚種は58種類で魚種の拡大が進んでいるが、いまだ本格操業には至っていない。一方で、本県海域の海洋資源の量が増加しているとの調査報告もある。本格操業ができないため漁獲数が減少したことが、魚の生息数に影響しているとみられている。

 県水産試験場によると、本県海域の操業時間当たりの漁獲量を示す値(CPUE)は相馬原釜沖では震災前は平均87だったのに対し、震災後の2012(平成24)年は233、13年は215で大幅に増加しているという。また、いわき市塩屋埼沖水深100〜175メートルの魚の分布密度の比較では、マトウダイやカナガシラが震災前の800倍程度に増加したという。

 いわき市漁協は、資源の増加を「本格操業へ向けてはプラス材料」と受け止めている。一方で、同試験場の報告では、相馬原釜沖の年間漁獲量に占めるマダラの割合が震災前に比べ約5倍に増加していることが分かっている。特定の魚種の増加は、生態系に影響を与えることも懸念される。さらに特定の魚種の漁獲量が増えれば価格が暴落するケースも考えられることから、漁業関係者は今後の推移を注視している。

 シイタケ原木、めど立たず 

 田村市都路地区は昨年4月、福島第1原発から半径20キロ圏内の避難指示が解除されたが、主要産業だったシイタケ原木の生産・販売を中心とした林業の再開は依然見通しが立たない。シイタケ原木を全国に出荷する一大産地だったが、原発事故後は放射性セシウムが国の基準値(1キロ当たり50ベクレル)を超えるため出荷できない状況が続いている。同地区を所管するふくしま中央森林組合(小野町)によると、震災前に年間100人程度雇用していた作業員は現在、半数以下に減っている。個人の林業家も収入源を失ったままだ。

 永沼幸人組合長は「生産して販売するという木材の活用を前提とした現在の復興政策では、都路の再生は難しい」と指摘。「雇用対策や環境保全などを目的にした長期的な再生計画を示してほしい」と国に求める。約40年にわたり原木シイタケ栽培を営んできた同地区の坪井哲蔵さん(66)は、帰還後も栽培を再開できない状況が続く。坪井さんは廃棄したほだ木を見つめながら「再開のめどは立たないが、またいつか原木シイタケを栽培したい」と胸の内を語った。