仮設住宅「狭いの一番つらかった」 楢葉の生活と大きく異なる

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隣の空き家に接する壁に扉を設置し、居住スペースを拡大した住宅=会津美里町・宮里応急仮設住宅

 【会津美里・仮設住宅】「震災当時は住宅が狭いことが一番つらかった」。楢葉町民らが避難する会津美里町の宮里応急仮設住宅で自治会長を務める渡辺敏正さん(49)は口にする。

 温暖な浜通りの生活と大きく異なり、雪の多い会津地方での生活。今までとは異なる住宅でも、当時は住む場所の確保が第一で、住環境まで考える余裕はなかった。生活が落ち着き、退去する住民が増えると、子どものいる家族らは隣の空き家をつなげて部屋数を増やすなど、生活空間を確保した。渡辺さんは「住み心地は良いとは言えないが、生活環境はほかの仮設住宅より良かったのではないか」と振り返る。

 しかし年月が経過すると、カビや雨漏りなどの報告も増えた。「業者の対応が早く、大きな問題は起きなかったが、細かいものは自分たちで直した」と渡辺さん。それでも近隣の騒音に耐えられず退去した住民や、慣れない雪かきでトラブルになりかけたこともあった。

 「住民全員が厳しい状況で、我慢し合っている。それでもこの仮設は住みやすい方だと思う」と渡辺さんは考える。ピーク時に約500人が暮らしていた仮設住宅の入居者数は約90人まで減少し、来年3月末で閉鎖される。町民同士のコミュニティーをつないだ仮設住宅は一つの役目を終える。

 「住民のつながり増やしたい」

 【川俣・復興住宅】川俣町が原発事故により避難指示が出された同町山木屋地区の住民向けに同町の市街地に整備した復興公営住宅(新中町団地)は完成から1年が経過した。プレハブ仮設や借り上げ住宅から移り住んだ入居者からは環境改善を喜ぶ声とともに、住民同士のつながりの薄さなどを懸念する声も上がっている。

 同公営住宅は全40戸。昨年8月から入居が始まり、今月7日現在、38世帯78人が生活している。小学生や幼稚園の子ども3人と暮らすパートの近藤麻由実さん(29)は「買い物するにも近いし、外で遊んでいる子どもにも目が行き届く」と話す。ただ全ての住宅が3LDKで設計されており、3人の子どもが成長した際の部屋の確保は今から気掛かりだ。

 同じく入居する50代の女性は仮設住宅に比べ、近所付き合いが減少したと感じている。復興公営住宅内に住民による組織がなく、住民間の交流は少ないという。その上で女性は「山木屋地区の住民が住んでいるからこそ、みんなでつながる機会を増やしたい」と期待している。

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