「昭和特撮文化概論」著者・鈴木美潮さんに聞く ゴジラとは『器』

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「ゴジラが多くの人に長く愛されているのは、なんでものみこむ『器』だから」と話す鈴木美潮さん

 12年ぶりに日本版映画「シン・ゴジラ」が公開されヒットを飛ばすなど、この夏、改めて大きな存在感を放つ怪獣「ゴジラ」。誕生から60年以上を経て、なぜ多くの人々を引きつけるのか。特撮文化に関する著作で知られる読売新聞東京本社の鈴木美潮さんに聞いた。(聞き手・鈴木博幸)

 ◆常に変化する

 ―「シン・ゴジラ」は。
 「良くできていて、全く退屈しなかった。ただ、個人的には、説明しがたい、もやっとした感じが残った。それは、作品の(総監督の)庵野秀明さん独特の世界観に対する私の感覚だと思う」

 ―古くからのファンには「自分たちの知るゴジラ映画ではない」と複雑な思いを語る人もいる。
 「新作はフル・コンピューターグラフィックス(CG)で初めてゴジラを描いた。かなりリアルに。一方、個人的にはミニチュアワークを駆使した円谷英二さん(『ゴジラ』などの特撮技術監督。須賀川市出身)のぬくもりのある特撮が好みだ。ただ、迫力ある映像作りに心血を注いだ円谷さんが生きていれば、CGを取り入れ、よりリアルでかっこいい映像を撮ろうとしたはず。新旧を比べることに、とくに技術面では意味がないと思う」

 ―とはいえゴジラ誕生から62年。作風も変わった。
 「1954(昭和29)年公開の初代『ゴジラ』は、水爆実験で生まれたシリアスな怪物だったが、その後は番長のようにいろいろな怪獣と戦ったり、子どもの味方になったり、非常に親しみやすいキャラクターに変わった。84年にはシリアスな作品で原点回帰するが、その後また人々が感情移入してしまうゴジラになるなど、常に変化した」

 ―見る側の評価は。
 「初代が『反核』をテーマとした点で評価が高いと言われがちだが、最近は初代より平成シリーズの人気が高い。平成になり初めてゴジラ映画を見た世代が支持している。その上の私たち世代は公開当時、平成ゴジラを『これはちょっと違う』と思ったが、実は新しいファン層を作っていた」

 ―海外人気も高い。
 「それも、70年前後の『正義の味方』的なゴジラの人気が高いと聞く。人の言葉を解さない巨大な怪獣が人類のために戦う。そんな存在は、世界中にゴジラしかいない。その個性が、ジャパニーズ・ポップ・カルチャーとして多くの人を引きつけるようだ」

 ◆揺るがぬ存在

 ―なぜ、こんなに長く、幅広い層に愛されるのか。
 「ゴジラは、何でも入れてしまう『器』だと思う。それも、入れたもの、のみこんだものを全てゴジラにしてしまう器。映画が『怪獣対決路線』になったとき、作り手には葛藤もあったようだが、ゴジラ自体は揺るがなかった。ゴジラ映画の主演はあくまでゴジラ。スターが出演しても脇役になってしまう。世界中で人気があるのは、誰にでも魅力的な部分が見つけられるからだろう。ゴジラが器であるがゆえに、一つの文化たり得るのだと思う」

 ―どうして、そんな器になり得たのだろう。
 「時代とともに変化していく―というのは、実はゴジラに限らずウルトラマン、仮面ライダーなどの特撮シリーズの魅力。変化してもヒーローとして成立する柔軟性が大きな理由だが、もう一つ、日本では特撮作品が子どものもの―と、ずっと低く見られていたことが、逆によい方向へ作用したのだと思う。作り手が思い切った実験をしても『特撮だから』と、それほど締め付けが厳しくない。だから、どんどん時代にマッチした形に自己変革ができた。常に変化し新しいファンを生み出す点は、歌舞伎に似ている」

 ―「シン・ゴジラ」でまた変化を見せた。
 「マニア以外の若者たちが新作を見てゴジラを知ることで、日本の特撮という芸術を未来につなげていける。その意味で、作り手は立派な仕事をされたと思う」

 すずき・みしお 1964年東京都生まれ。法政大を経てボストン大卒。ノースウェスタン大大学院で修士号取得。読売新聞東京本社教育ネットワーク事務局専門委員。「日本特撮党党首」を名乗り、特撮ヒーロー番組の出演者やスタッフ、歌手などを招いてのトークライブイベントを主催し、テレビ、ラジオ番組に出演。著書に「昭和特撮文化概論 ヒーローたちの戦いは報われたか」(集英社クリエイティブ)。51歳。

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