武市半平太、投獄直後の手紙発見 同志に京都での会合打診

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 投獄直後の武市半平太が知人の福岡藩士に宛てて書いた手紙

 坂本龍馬も参加した土佐勤王党の盟主武市半平太(瑞山)が文久3(1863)年に投獄された直後に、知人の福岡藩士平野国臣に「京都で会合を開きたい」と書いた手紙が見つかったことが28日、高知県立歴史民俗資料館(南国市)への取材で分かった。

 同館の石畑匡基学芸員は「投獄が長期化するとは考えておらず、獄中からも勤王活動の次の一手を考えていたことが分かる史料」と話している。

 手紙は「(薩摩藩の実力者)島津久光やその他複数の藩主が京都を訪れる」「そのため、私は近い内に京都の松ケ崎大乗院で同志の会合をしたいと思う」などの内容で、同館が署名と筆跡などから自筆と断定した。