別々に暮らした藩主夫妻 東大赤門ゆかりの加賀藩邸

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 東大の赤門=東京都文京区

 東京都文京区の東大総合研究博物館で、特別展「赤門 溶姫御殿から東京大学へ」が開かれている。東大本郷キャンパスは江戸時代、加賀藩の本郷邸があり、複数あった門の一つが国指定重要文化財の赤門だ。特別展は、大学施設が建設されるたびに行われた発掘調査の成果を中心に展示している。同博物館の西秋良宏教授(考古学)は「藩主夫妻が別々に暮らしていたことが具体的に分かってきた」と話す。

 東大埋蔵文化財調査室の成瀬晃司助教によると、11代将軍徳川家斉の娘・溶姫(1813~68年)が27年、加賀藩主前田斉泰と結婚した際、本郷邸内には斉泰の本宅とは別に、独立した御殿が造営された。中山道(現在の本郷通り)に面した約1万7千平方メートルのこの御殿に、溶姫と将軍家の女中約60人らが暮らした。御殿の正門が赤門で、現在の位置より約15メートル東にあった。住居の周辺には、約2千人の家臣団などが暮らす長屋があった。

 ごみ穴から見つかった魚の骨の種類は、本宅は日本海のタラやブリがあったが、御殿は江戸前の魚が中心だった。とくりにくぎで書かれた酒屋の屋号も、本宅と御殿では異なっていた。

 本宅と御殿で共用する台所はあったが、御殿のごみ穴から見つかった食器類には、御殿の詰め所の名が記されており、詰め所ごとに食器類が管理されていたとみられる。

 成瀬助教は「本宅と御殿では、食文化も出入り業者も別で、御殿は徳川将軍家の生活様式が反映された、溶姫のための住空間だった」と話している。

 入館無料。28日まで。月曜休館。