音楽サブスク、アーティストの対応

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発売から1週間、「iTunes Store」「Apple Music」で独占先行配信されたドレイクのアルバム『ヴューズ』

 グローバル規模での音楽サブスクリプション市場をけん引してきたSpotifyが日本に上陸した。既存のサービスを含めて、日本でもこの領域におけるプレーヤーが出揃った観があるが、一方、一歩先んじていた欧米では今、この分野でどのような動きが見られるのだろうか。「世界のデジタル音楽」をテーマに、海外アーティストを中心とする執筆活動を行う岡村詩野氏に解説してもらった。

アデル『25』発売までの主なプロモーション(図)

■ドレイク、ジェイ・Z、カニエ・ウエストらの新たな試み

 話題騒然で日本上陸した音楽サブスクリプション最大手「Spotify」が、いよいよ本格的にサービスを開始した。招待コードがなくともメール・アドレスさえあれば、誰でも登録自由。おまけに、広告が表示される無料プランでもほぼ問題なく楽しめるようになったことで、お気に入りの曲をまとめたり、共有したりできるその使いやすさに、嬉しい驚きの声も多数聞かれるようになった。海外では「Apple Music」、「Tidal」といった他のサービスとの使い分けを実践している人も多いようだ。

 リスナー、ユーザーには便利なそんな定額制音楽配信も、アーティスト側にしてみれば、100%歓迎されるものではない。無論、CD、ダウンロード、ストリーミングではロイヤリティが異なり、1曲ごとのストリーミングにおける音楽家への収益はCDのそれに対して約10分の1程度と想定される(配信サービスによって多少の変動がある)。1回のストリーミング再生で1円にも満たない収益では、よほどの再生数を獲得しない限り、アーティストはそれによって生活していくことなど到底できない。マドンナやテイラー・スウィフトら多くのアーティストが定額配信に反発したのも、「無料」「試聴」という感覚がどうし
てもその底辺にあるからだろう。 そんななか、今年4月に発表されたカナダ出身のラッパー、ドレイクの最新作『ヴューズ』は発売1週目に初動で約85万5000のダウンロード・セールスを記録し、全米アルバム・チャート初登場1位を獲得。定額ストリーミングでも「Apple Music」で初の10億回という気の遠くなる再生数を達成し、アップルから表彰されるまでとなった。もっとも、これはドレイク側と「Apple Music」との提携により、発売から1週間は「iTunes Store」と「Apple Music」独占先行配信だったから。つまりは、人気アーティストが個別にサブスクリプション・サービスとパートナーシップを結んだり、期間限定でエクスクルーシブな作品を配信したりすれば、場合によっては大きな収益も見込めるということである。

 エクスクルーシブというには、規模が違い過ぎるが、15年、「Apple Music」開始に先駆けて話題を集めた、ラッパー、プロデューサーのジェイ・Zによる「Tidal」の買収は、ビッグネームがサブスクリプション・サービスによって、いかにマネタイズしていくのかを考える一例になった。その新生「Tidal」のローンチ・パーティには、ジェイ・Zの妻であるビヨンセやマドンナ、ダフト・パンク、リアーナら錚々たるメンバーが登場したが、彼らはみな「Tidal」のオーナー(厳密には親会社の株主)という位置付けになっており、アーティスト主導で運営することが新生「Tidal」の狙いとされていることがわかる。実際にビヨンセやリアーナはその後、「Tidal」で独占限定配信(リアーナは24時間限定)。会員数は「Spotify」や「Apple Music」に比べるとまだまだ少ないものの、CDと同じ44.1kHz/16bit、1411kbpsという高音質にこだわっているところからも、アーティスト目線の強いサービスであることを窺わせる(「Tidal」は現時点で日本非対応)。

 その「Tidal」にまつわる話題と言えば、今年2月にリリースされたカニエ・ウエストのニュー・アルバム『ザ・ライフ・オブ・パブロ』に関する一連の行動だろう。当初、カニエは「アップルでは販売も配信もしない、「Tidal」だけだ」などとTwitterで宣言。無論、その瞬間は「Tidal」の会員数が飛躍的に伸びたが、結局、4月には「Apple Music」、「Spotify」で配信を開始し、自身のWEBサイトではダウンロード販売も行うこととなった。これらが最初から計画されていたことなのかどうかはわからないが、こうして段階的に発表の場を拡張している事実と、フランク・オーシャンやシーアら有名ゲストが参加したバージョンに曲をアップデートしたり、リミックス、マスタリングをその都度、新たにしたりすることとは関係がないわけではないだろう。いつまでも完成させないまま、作品を変化させていく実験をカニエは試しているとも考えられるからだ。これはフィジカルCDにはない、配信サービスならではの面白さの1つかもしれない。

■好対照を示したアデルとフランク・オーシャン

 つまり、アーティストの意向で突然リリースしたり、音源に手を加えたりすることができるスリル。あるいは、それを逆手にとってファンやリスナーを楽しませる(ジタバタさせる?)ウィット。作り手の立場から捉えると、サブスクリプション・サービスは現実的なマネタイズ手法か否かに関係なく、そうした遊び心でビッグバンをもたらすことができるツールとすることもできるわけだ。実際、そのカニエ・ウエストとも交流のあるフランク・オーシャンは、今年8月、『エンドレス』というビジュアル・アルバムを何の事前アナウンスもなく、突如「Apple Music」でのみ独占公開。その後、新曲「Nikes」のMVをワールド・ワイドで公開し、次にビヨンセやケンドリック・ラマーらも参加した、まったくの新作アルバム『ブロンド』を配信とダウンロード販売で広くリリース、というスピードを見せつけた。それだけではない。その『ブロンド』は、LA、NY、シカゴ、ロンドンの4都市でのポップアップ・ショップ『Boys Don't Cry』で無料配布された冊子に、通常では手に入らないフィジカルCDとして同梱。おまけにそのCDの内容はオンライン版とは大きく異なり、未発表曲が収録されている他、そこでしか聴けない「Nikes」のエクステンデッド・バージョンに日本人ラッパーのKOHHが参加していることも大きな話題になった。ファン垂涎の様々な手法で世界中の注目を集めることに成功したというわけだ。

 もちろん、こうしたダイナミックな行動がバズを生むのは、多くの場合、一部のビッグネームに限ったこと。極論を言ってしまうと、現在はまだ、サブスクリプション・サービスはアーティストにとっては「きっかけ」「導入」と捉えるべきなのかもしれない。ほとんどのサブスクリプション・サービスにはプレイリスト機能があり、誰でも自在に選曲し、シェアで拡散できる。ミュージシャン自身やレーベル、あるいはそのアーティストと契約する企業がプレイリストを公開していることも多く、そうやって再生回数を増やし、個別にダウンロード、あるいはフィジカルCDの購買へと段階的につなげていく導線を得られる仕組みだ。

 だが、その作品へ目を向けさせる「きっかけ」になったとしても、劇的にマネタイズが期待できるかと言えば今はまだなかなかに難しい。多くのアーティストにとって、現実は、ライヴ・ネーションの好調な業績を見てもわかるように、そこからツアーやフェスにいかに導くか、ということの方が重要で、チケットやマーチャンダイズでの収益が活動を支える柱となっている。アーティストによってはアナログ・レコードでの手応えも見逃せないものになっているし、『レコード・ストア・デイ』『カセット・ストア・デイ』といった定期的な店舗キャンペーンも奏功している(アナログ・レコード購入者の45%がサブスクリプションを試聴機代わりのように使っているという調査結果もある)。不思議な現象だが、デジタル、オンライン化が進む傾向とアナログ回帰現象とが共存しているのが、音楽シーンを巡る「今」の1つの特徴と言えるかもしれない。

 そこを先読みし、当初はサブスクリプションへの提供をせずにCDとダウンロード販売でのみビッグ・セールスを獲得。その後に「Apple Music」「Spotify」などでも解禁したアデルのアルバム『25』における戦略は、そういう意味では極めて正攻法的なプランニングだったと言えるだろう。リスナーとファンの動向を綿密にキャッチし、欲求にどこまで応え、選択肢とバリエーションをどの程度用意し、それをどういうタイミングでいかにしてサービスしていくのか。現在、アーティスト側に要求されるのは、長いエンタテインメントの歴史の中でも、これまでになく、そうしたマーケティングに関心を持ち、戦略を把握することなのかもしれない。
(文/岡村詩野)

(コンフィデンス 16年11月21日号掲載)