堺正章、盟友のムッシュかまやつさん悼む「スパイダース葬をしたい」

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ムッシュかまやつさん悼んだ堺正章 (C)ORICON NewS inc.

 1日に78歳で亡くなったグループサウンズ「ザ・スパイダース」のギタリストでミュージシャンのムッシュかまやつ(本名・釜萢弘)さんの訃報を受けて、スパイダース時代の盟友・堺正章(70)が3日、都内で会見を行った。堺は「すべて納得するには時間がかかる」と、つらい胸中を明かした。

【動画】堺正章、かまやつさん悼む「押しつぶされそうな気持ち」

 疲れきった表情の堺は「全て納得するには時間が経っていない。気持ちの区切りは何日もかかる。かまやつさんとの全てが思い出になってしまった。まだまだ思い出を作れるんじゃないかという気持ちでいたのが僕の本心。押しつぶされそう」と、まだ受け入れられていない。2日に親族のみで行った納棺式に加わったと話し「顔を拝見することができた。あの人から、あの笑顔はもう見れないのかと思うとつらい」と寂しそうに語った。目をつぶると、かまやつさんの笑顔が思い浮かぶとも語り、「あの笑顔はたまらないよ。だから、みんな参っちゃうんだよ」とつぶやいた。

 また、堺は「(スパイダースの)リーダーの田邊(昭知)とスパイダース葬をやろうと話をした」と明かした。「かまやつさんのいないかまやつさんのためのステージをやるのは複雑な気持ちなんですけど残ったメンバーでやれたら、かまやつさんも喜んでくれるかな」と、かまやつさんの“最後のステージ”を計画しているという。

 1月3日にかまやつさんは、いとこの森山良子とともに堺の自宅を訪れた。そのときに「かまやつさんに時間がかかっても復活してほしい」と話したのが、堺がかまやつさんにかけた最後の言葉だった。堺を心配させないために、かまやつさんは「大丈夫だよ」と振る舞っていたという。ときおり声を詰まらせながら「自分で表現することも素敵な人だったけど、人のいいところを見つけてあげるのがうまかった。そういう意味では音楽界にとって大事な存在だった。ああいう人がいなくなるのはつらい。亡くなってみたら、もっと大きな存在だったと思った」と故人を偲んだ。

 かまやつさんの最後の公の場は昨年12月8日に都内で行われた堺の古希記念ライブ。飛び入りで舞台に上がり、スパイダースの「サマー・ガール」を披露していた。訃報に接し、堺は憔悴してコメントすることができなかったが、この日になって報道陣に対応した。
 
 かまやつさんは1939年東京都出身。父でジャズシンガーのティーブ釜萢さんの影響で幼少期から音楽に触れ、青山学院高等部時代に本格的に活動開始。1963年にGSバンド「ザ・スパイダース」に加入、70年からソロでも活動をスタートし「我が良き友よ」「やつらの足音のバラード」などヒット曲を生み出した。