細田守監督の映画制作における誠実さ「新しさを求めないと作品を作る意味がない」

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「世の中がどんどん変化している今、もっと自分たちで作り上げていけるものがある」と語る細田守監督(写真:逢坂聡)

 3年おきに新作を公開。夏休み映画の大作を担い、日本映画シーンを背負って立つ存在である細田守監督。自身のアニメーション映画制作会社・スタジオ地図を設立してからは、よりイノベーティブな映画表現を追求している。日本映画界においては近年大ヒット作がアニメーションに偏り、中国では日本アニメーションが人気を博すなど、ますますエンタテインメントシーンにおけるニーズと注目度が高まるなか、最新作『未来のミライ』のほか、夏休み映画の役割、新作を作り出す意義について聞いた。

【画像】4歳の主人公くんちゃんと女子高生・ミライ

◆夏休みのアニメーション映画には社会的な役割がある

――東映動画(現・東映アニメーション)から独立後の初監督作にしてロングランを記録した『時をかける少女』(2006年)以降、夏休みに新作を公開する理由から教えてください。
【細田守】夏休みのアニメーション映画には、一種の社会的な役割があると思っています。僕自身にも子どもの頃の体験としてあって、たとえば小学6年生の夏に観た『銀河鉄道999』(1979年)、大学1年の夏に公開された『天空の城ラピュタ』(1986年)。長い夏休みを能動的に過ごすぞ!というときにああいう勢いのある映画を観ると、感化されるというのか、刺激を受けるという意味で、勢いづくんです。そういう気持ちになれるような映画を作ろうというところでは、夏を意識しています。

――最新作『未来のミライ』では、4歳の男の子・くんちゃんの冒険が描かれます。日常をベースに、過去から未来へとつながっていく、命にまつわる壮大な物語のきっかけをもたらしたのは、監督の息子さんだったそうですね。
【細田守】映画と同じように、息子に妹が生まれたとき、一瞬にして赤ちゃんに親の愛を奪われてしまった。床を転げ回って泣き叫ぶ彼を見て、これが愛を失った人間の姿だと思いました。人間って誰しも、愛を失うとこうなるんだなって思うと、子どもの話ではあるのだけれど、子どもに限らず、どんな世代にも共通する、共感できる話になると思ったんです。

――監督の実体験も盛り込まれているのでしょうか、くんちゃんの両親は『サマーウォーズ』の栄ばあちゃんや『おおかみこどもの雨と雪』の花のような、圧倒的な強さで子どもを守る憧れの大人像とは異なり、子どもと一緒に生きていくなかで、自身の変化をも喜ぶ柔軟さを持った、身近な存在に感じられました。
【細田守】劇中、くんちゃんが自転車に乗るシーンがありますが、僕も自転車を漕ぐ息子の背中を押しながら、自転車の練習をしていた昔の自分を思い出して、そのとき後ろで支えてくれていた親の気持ちにも思いを馳せていたことがありました。時空がごっちゃになっちゃうような、不思議な感じでしたね(笑)。小さな子どもと一緒に過ごすことは、もう一度子ども時代を生き直すような感じなんだと知りました。そうすると親と子というヒエラルキーではなく、教えられているなんて言うと、いかにも謙遜した態度ですけれども、一緒に育っている感覚になって、自然と親の描き方も違ってきたと思うんですよ。

――自転車に乗れるようになったくんちゃんを「子どもってすごいよ!」と感動するお父さんの姿からは、ようやく父になれた喜びが溢れていました。
【細田守】子どもに対する距離感がわからず、奥さんの顔色ばかり伺っていたお父さんが、やっとくんちゃんと向き合えた瞬間ですよね。同時に、自分自身の子ども時代とも向き合ったということだと思います。そういう瞬間を、奥さんがちゃんと発見してあげられるのがいいですよね。

◆時代を隔てても変わらない一種の希望を見つけたい

――自転車のシーンにつながる、戦争のエピソードも印象的でした。
【細田守】夏に映画を公開したあと、ほっとひと息つく頃にテレビで終戦特集があるんです。その年の切り口についてとか、ひと夏考えるなかで、いつか自分の作品のなかでも戦争を描けたら、と思っていました。ただ、戦争をイデオロギッシュに捉えるのではなく、もう少し自分のやり方で戦争の時間を描く方法があるんじゃないか?と。今回のように家族の歴史を描いたとき、必然的に戦争を体験をした人がいて、そういう時代から今につながっているという描き方ができたのはよかったと思います。今年で戦後73年ですから、家族の歴史のなかに、大人として戦争を体験した人のいる、ギリギリ最後の時代。同時に第二次世界大戦後73年でもあるので、日本の片隅の話ですけど、同じような歴史を持つ家族が日本に限らず、世界中にいるんじゃないかって。

――夏休み映画の役割という点も含め、監督のオリジナリティを感じる、新しい切り口ですね。
【細田守】実は劇中、戦争中のカットは4カットしかないんです。最後の横須賀港での爆撃シーンだけ。くんちゃんが自転車の乗り方を教えてもらう青年がいるのは1946年ですから。戦時中のことはよく描かれるけど、取り立てて戦後一年目を描いた人は、今までにいないでしょうね(笑)。

――家族の歴史という点では、くんちゃんのおかあさんとばあばの名シーンも。
【細田守】ばあばって、世代的には今とは違う枠組みの家族の時代を通過してきた人。回想シーンを観ても、個人というよりは時代的にも、決してやさしいお母さんではなかった。そういう環境でお母さんをやっていた人が、変わりゆく家族のなかで、いろいろと悩んでいる現役のお母さんに対して、何か飛び越えたことを言ってほしいと思いました。「私のときはこうだったよ」じゃなくて、時代を超越するような何かがきっとあるんじゃないかって。昔と今ではずいぶん子育ての常識が違うから、軋れきもある。「昔と今じゃ常識が違うのよ!」では、断絶しちゃうでしょ?違うところではなく、変わらない、同じところを見つけたいと思うんです。それが一種の希望なんだってことですよね。

――希望のような、日常のなかで見出しにくいものに光を当てる魅力が、アニメーション映画にはあるとお考えですか。
【細田守】世界にあまねくいろいろなことを、いろいろな切り口で描く、要するに何を描いてもいいのが映画だと思います。アニメーション映画というのは、そういう映画の一部分でありながら、子どもに対するまなざしがプラスされます。映画表現以前にアニメーションであるというのか。子どもに対して語る意義をしっかり押さえないと。大人の好き勝手なものを作るんじゃダメ。それはマイルドな表現にするというのではなく、子どもに対して誠実な態度を示すことだと思っています。

◆映画表現の幅の拡大とジャンル追求の両輪が必要

――映画制作における誠実さとは?
【細田守】常識を疑うこと。映画ってこういうものでしょ?アニメーションってこういうものでしょ?という前提に対して、本当にそうなのか?という疑問を持ちたい。世の中がどんどん変化している今、もっと自分たちで作り上げていけるものがあると思うんです。たとえば『バケモノの子』(2015年)では、血のつながらない親子関係を描きましたが、今回のテーマは、血のつながった親子のなかでの家族の再編。そういう今まで言われてきたことじゃない、新しい何かを求めていかないと、新しい作品を作る意味がない。作品を通して、その意義をどう考えていくのか?ということだと思うんです。

――『おおかみこどもの雨と雪』(2012年)制作時に『時をかける~』から一緒に細田ワールドを構築してきた齋藤優一郎プロデューサーとアニメーション映画制作会社、スタジオ地図を立ち上げられました。その社名には「まだまだ可能性が広がるアニメーションという大地に新しい地図を作る」という願いが込められているそうですが、今アニメーションの可能性をどう捉えていますか。
【細田守】今回も4歳の男の子が主人公というだけで、アバンギャルドというか。『おおかみこども~』のときも、子育てをするお母さんを主人公にすると言ったら大変でした(笑)。アクション映画で家族を救う男の話なんてたくさんあるのに……。せっかく映画を作るチャンスがあるのだから、アニメーションという技法を使って、イノベーティブに映画表現の幅を広げられたらと思っています。一方で、アニメーションという1つのジャンルムービーとしては、好きな人がより深く好きになっていくという突き詰めた快楽もたっぷりある。ジャンルだけを追求していては狭まっていく一方なので、やはり両輪が必要。イノベーティブな可能性に向けて、何とかやっていきたいと思っています。

――未来を見据えて作品世界を伸ばしていくとき、長年、細田作品を支えてきたスタッフの存在が可能性を広げる足場になっていますか。
【細田守】そう思います。作品ごとにスタッフをガラッと変える人もいるかもしれないけど、僕はしつこくつき合っていきたいです。何作も一緒にやってきた関係性だからこそ、できる表現があると思う。技術的にも、内容的にも。12年前に『時をかける~』を作りましたが、その次の作品で今回の内容はさすがにできない。機が熟さないと表現できないことがある。そういう点では、同じスタッフと続けていくことと、なるべく新しいテーマに挑戦する気持ちは常に持ち続ける必要がありますね。
(文:石村加奈)コンフィデンス7月23日号掲載