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帰還者にかさむ「生活費」 医療や就労、支援策は不十分
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車が行き交う川内村の中心部。原発事故が生活圏、経済圏を破壊した影響は今も続く
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「原発事故前なら隣町の富岡に30分かからずに買い物に行けたのに、今は峠を越えて、田村市などに1時間以上かけて行く。もともと便利ではない地域だが、さらに不便になった」。福島第1原発から30キロ圏に位置する川内村で、井出英泰(65)は話す。昨年秋、冬の山道に備えて4輪駆動の車を購入した。「あまり凍結しない富岡に向かう道を走るだけなら必要なかったんだが」。ガソリン代も増えた。
環境一変、不自由に
原発事故前、村民は富岡町の商店や医療機関を利用し、就労、就学先も同町など双葉郡が多かった。郡内の大部分が避難区域となった現在、村民は不自由な生活を強いられ、生活費も増加している。しかし、村内で避難区域に指定されていない地域の住民への賠償はすでに打ち切られた。井出もその地域の一人で「出費が増えた分を支援してもらいたい」と言う。
避難先から戻り賠償が終了した一方で、生活面の支援といった政策的措置が十分でないなど、賠償と公的支援の狭間(はざま)に置かれている県民がいる。
「政策も賠償の一つ」
弁護士として原発事故の被害救済に当たるいわき市の渡辺淑彦(としひこ)(43)は「金銭による賠償を尽くした上で、『政策も賠償の一つ』と考え、医療支援や就労支援なども両輪で進めるべきだ。支援策はまだまだ不十分」と語る。
一方、自主避難先から県内に戻った人は、賠償をめぐる情報不足に苦慮する。郡山市の中村美紀(38)はこの春、避難先の山形市から戻った。2年半に及んだ避難生活で出費はかさんだが、賠償金が支払われたのは一部にとどまり、新たな請求を検討している。
賠償の相談事業を担う原子力損害賠償支援機構は、県内に戻った元避難者の相談に応じようと情報発信を始めている。しかし、中村は「賠償の情報が得られず、戻った人の中には『自主避難は賠償の対象外』と思ってしまう人さえいる。国が主体的に周知に取り組んでほしい」と現状を話す。避難を終えても、賠償や支援をめぐって悩みは続く。井出は強調する。「原発事故によって余分に使わざるを得なかった分の支援を求めているだけ。月10万円なんていう慰謝料が欲しい訳じゃないんだ」(文中敬称略)
(2014年5月4日 福島民友ニュース)
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( 2014年5月4日付・福島民友新聞掲載 )
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