帰国後は、彫刻制作とともに文学界にかかわり、美術評論「緑色の太陽」や詩集『道程』『智恵子抄』を発表、近代日本の芸術思潮に大きな影響を与えた。終戦後、岩手で7年間の独居生活を送る。67歳のとき『典型』で読売文学賞受賞。69歳で十和田湖畔の裸婦像制作のため帰京。肺結核により73歳で没。
〒960-8648 福島県福島市柳町4の29 ネットワーク上の著作権(日本新聞協会) 国内外のニュースは共同通信社の配信を受けています。 このサイトに記載された記事及び画像の無断転載を禁じます。copyright(c) 2001-2004 THE FUKUSHIMA MINYU SHIMBUN