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ふくしま 団塊の道標TOP
▽5    【07 1/6掲載】
住まい
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ドラッグストアの事務所でデスクに向かう薄さん。「時代に取り残されないよう必死で食らいついてきた」 
姿を変えた街並み/人の流れが郊外へ流出
  「子どもの時はラジオ工作が好きで、エンジニアにあこがれた。でも、漠然と父の跡を継ぐと思っていた」
 薄仁一さん(58)=福島市=は1948(昭和23)年、福島市の繁華街、北裡商店街で「うすき薬局」の長男に生まれた。店が開業したのも同じ年。薬局の歩みがそのまま人生と重なる。
 薄さんの記憶では当時、実家の周辺半径100メートルには、実家を含め5軒の薬局、薬店があった。「それでも商売が成り立っていた。それだけ人通りが多かった」
 路線バスからはき出される人波。近くの路面電車の停車場からも人が流れ込む。実家が面したバス通りは経済成長期の活気であふれていた。
 その光景が変わったのは70年以降。仙台市の薬科大から帰省した折、薄さんは実家近くのバスターミナルがなくなっているのに驚いた。自家用車の急速な普及で商店街から路線バスが消え、路面電車も廃止された。人の流れが変わり、薄さんが継いだ薬局を訪れる客の数も減った。
 「行政に文句はない。でも、商店街はどうでもよかったのかなと今でもふと思う」
 高度経済成長が頂点に達した70年前後、地方都市の変容は急激だった。モータリゼーションの到来で中心市街地が姿を変え、郊外へと住宅地や店舗が広がった。変化を象徴するように、67年には福島市の郊外でマンモス団地「蓬莱団地」の整備が始まった。
 薄さんが薬局を閉めたのは九四年。気丈だった母の「もうやめよう」の言葉にショックを受けた。その後、薄さんは薬種商の免許を持つ管理者を求めていた郊外のドラッグストア・チェーンに請われ転身した。住まいも現在は同市の郊外。北裡商店街の実家は母が守っている。
 蓬莱団地のほど近くにある福島大。同大の山川充夫副学長は、全国各地の住宅団地では建設から30年がたった今、住民に「まちなか回帰」の動きが出ているという。「住民の高齢化が急速に進んでいる。年を取ってからも車を運転して買い物に行けるのか−という不安が出てきた。団塊の世代もその不安に直面することになる」
 薄さんは「街なかに戻ることは考えていない。体力が続くまでここで働く」と言う。それでも、かつての商店街を語ると「まちづくりは、いつも何か欠けている」と遠くにまなざしを移した。
 蓬莱団地 県住宅供給公社が福島市南部の丘陵を開発、整備したニュータウン。現在、約1万3000人が居住する。同公社は2008年度の解散が決まり、保有する大型店舗や駐車場などの維持、継続が地域の課題になっている。
◇改正高年齢者雇用安定法 
 年金受給年齢の65歳まで働き続ける環境整備を企業に義務付ける法律。高年齢者の安定的な雇用を確保するため事業主は2013年度まで段階的に、定年の引き上げや継続雇用制度を導入しなければならない。
 


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