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▽7    【07 1/8掲載】
家族
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 いわき市の自宅マンションでツバキの花を楽しむ鈴木さん。週末は庭に出て孫たちを出迎える 
 つらい時も支えに/孫との時間一番楽しみ
 夫婦の時間 50代を対象にした博報堂の調査によると「夫や妻との時間が足りない」と感じているのは男性が17%、女性は21%。また男性は76%が妻との時間を増やしたいと考えているが、夫との時間を増やしたい女性は60%。
 「子どものころの夢は、早く家から出ることだった」
 少し照れたように話す鈴木秀夫さん(58)=いわき市=は、福島市の中心部にあった麦せんべい屋で、6人兄弟の末っ子に生まれた。夢をかなえ、いわきへ移り40年近くがたつ。
 3年前、初めて小学校の同級会に出席した時、旧友から「おまえは行方不明だった」と懐かしがられ、恩師には抱きつかれた。人なつっこい笑顔が愛された少年時代を思わせるが、これまでの足取りを振り返ると表情は少々神妙になる。
 いわき市と常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)が誕生した2年後の1968(昭和43)年の春。当時19歳の鈴木さんは、すぐ上の兄の紹介で同市の牛乳メーカーに就職した。
 学校給食が広まり、牛乳が盛んに飲まれた時代。従業員200人以上の工場はフル操業を続け「月78時間に上る残業の手当がばかにならなかった。暮れも正月もなく喜んで働いた」。
 先輩や同僚にも恵まれた。27歳の時には、いわき市生まれの7歳下の女性と結ばれ、男女2人の子どもを授かった。
 しかし75年を過ぎたころ、在庫のだぶつきなどから乳価は上がらなくなった。牛乳はスーパーの特売で売られ、メーカーの利益は出なくなった。経営が徐々に悪化する中、育ち盛りの子どもを抱えた鈴木さんは88年秋、条件のいい転職先を求めて20年務めた会社を辞めた。
 転職は、妻の協力もあって地元のスーパーに決まった。浜通りを中心にチェーン網を張り巡らした企業だったが、バブル崩壊後、経営が厳しくなった。鈴木さんは2000年2月、会社の退職募集に応じた。弱音が出そうになる鈴木さんを家族が支えた。
 大手広告代理店、博報堂の04年の調査では、50歳以上の男性の66%が息子との、55%が娘との、それぞれコミュニケーション不足を感じると回答。平均78%が息子、娘、妻と過ごす時間を増やしたいと考えている。
 だが、鈴木さんはそんな悩みとは無縁のようだ。現在は老人保健施設に勤務。子どもたちもそれぞれ家庭を持った。「いろいろあったけれど故郷を離れたことに後悔はない。家族に恵まれたから」。今一番の楽しみは、息子と娘の家族が、計4人の孫を連れて遊びに来ることだという。
◇夫婦の時間 
 50代を対象にした博報堂の調査によると「夫や妻との時間が足りない」と感じているのは男性が17%、女性は21%。また男性は76%が妻との時間を増やしたいと考えているが、夫との時間を増やしたい女性は60%。
 


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