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▽1  【07 3/5掲載】
矢内廣さん(ぴあ会長・社長)
「今の若い者に言いたい文句は」と20代の社員に問われ苦笑する矢内会長・社長=東京・ぴあ本社 
最前線で疾走 地域に根/若者が情報誌支持
 東京都千代田区の「ぴあ」本社。明るいロビーを若いスタッフが行き交う。映画、演劇、コンサートなどのイベント情報を発信し、チケット販売の電子ネットワークを展開する総合情報・出版の拠点だが、スタートは月刊の情報誌だった。
 「このままサラリーマンになるのは癪(しゃく)だ。自分たちで仕事をつくろう。大人が知らない、若者だけが知っている世界がある。そう考えたんだ」。ぴあ会長・社長の矢内廣さん(57)は「それが原点」と大きな目を見開いた。
 1950(昭和25)年1月、いわき市生まれ。「団塊の世代としては最後のグループ」と自ら言う。磐城高を経て進学した中央大の学生時代、シティー情報誌の先駆けといわれる「ぴあ」を創刊した。72年7月。矢内さんは22歳だった。
 「学生運動が終わり無力感が漂うなか、自ら作詞、作曲した歌を歌うシンガー・ソングライターやミニコミなど新しい芽吹きがあった。偉い先生が評価した映画をみんなで見に行く時代が終わり、学生たちが『評価は自分たちでする』と言い始めた」。そんな時代にシンプルなイベント情報を網羅した「ぴあ」は生まれ、若者の大きな支持を得た。
 創刊は決して順調ではなかった。矢内さんの下宿でアルバイト仲間たちと一年かけて準備したが、取次店に口座が開けず本を書店に置けない。「直接頼めばなんとかなる」と回った書店でもすべて断られた。
 その苦境に光が差した。偶然に紹介された出版・取り次ぎの教文館の中村義治社長(故人)が、見かねて書店あてに紹介状を書いてくれた。「当時、それはとんでもなくすごいことだった。そして、もう一度断られた書店を回った」
 結局、創刊号は89店に置かれ一万冊のうち2000冊だけ売れた。「苦労とか充実とか、そんな記憶はない。寝る間を惜しんでやるしかない状態で、考えている暇はなかった」
 その「ぴあ」も今や東証一部上場企業。文化情報のネットワークを矢内さんは「心の時代といわれる21世紀を支える感動のライフライン」と言い「社会に根付かせることが課題」と若々しく語る。
 ただ、「今の若い者は―」と思うこともあると言う。「お仕着せのレールに乗るのではなく、人生を自分でつくってほしい。大事なのはお金だけじゃない。生きる価値基準を持ってほしい」。現在の「ぴあ」の企業理念は「一人一人が生き生きと」と言う。
 


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