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▽2  【07 3/6掲載】
渋川恵男さん(観光カリスマ)
渋川恵男さん
会議を取り仕切る渋川さん。団塊の世代のたくましさを語る時、穏やかな口調が熱を帯びる=会津若松商工会議所 
新価値みいだす力/感性生かしまちづくり
 会津若松商工会議所の一室。一人の男性が会議を仕切る。口調はおおらかだが時折、鋭い目が光る。
 同商議所副会頭の渋川恵男(ともお)さん(60)=会津若松市=は旅館の経営者として、まちづくりのリーダーとしてフル回転の毎日を送る。国土交通省認定「観光カリスマ」など肩書は数知れない。
 「同級生が多いから競争は一生ついて回る。その分たくましい。よくぞ団塊の世代に生まれけり−だ」
 1947(昭和22)年2月生まれ。会津高ではボート部主将。国体入賞を果たし明治大のボート部から勧誘を受けたが、運動部の入学枠がその年で消滅。進学した日大では、反左翼の気風が強い少林寺拳法部で「ノンポリだが全共闘相手に暴れ回った」。
 学生運動が勢いを増す中、大学は封鎖され「体育会を示す学ラン(学生服)を着ていると身の危険を感じる」状況に。「それで同期生と始めたのが貿易。学生ベンチャーだった」。舶来品といわれた欧米の小物を輸入、店に卸すと飛ぶように売れた。この時覚えた仕事のノウハウと感覚が、家を継ぐため卒業後に戻った故郷でも発揮された。
 実家は藩制時代から続く老舗の海産物卸「渋川問屋」。当時、実家が経営していた魚市場は他社と統合することになり、自身は観光業という新規の創業に迷いなく入った。
 観光物産品の卸売りでは、発注のため海外へ飛んだ。明治期の蔵は、女性専門の宿に改造した。「派出所の警官が頼みに来たんだ。『若い女性の旅行がブームだが、訳ありでは、と宿泊を断られ困って駆け込んでくる。女性だけで泊まれる宿を』って」。そんなふうに地方で未開拓の分野に切り込みヒットを連発。今もカリスマ経営者として全国から注目を浴びる。
 「商売もまちづくりも、同じことをやったら規模の大きいところに負ける。誰もやらない新しい価値を探した。団塊の世代は、新しいものを取り入れ時代をリードしたが、その感性は自分にもあると思う」
 今、新しい価値観を見いだす団塊の世代の感性を教育とまちづくりに生かすべきと強調する。「いじめや自殺。悩んでいる子がいれば『別の価値、別の世界がある』と言ってあげたい。まちづくりも感性。『住んでみたい』と思うまちを目指せばいい」。われわれがもう一肌脱がないと−とカリスマの目が光った。
 


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