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▽3  【07 3/7掲載】
石原信一さん(作家)
石原信一さん(作家)
 会津若松でのコンサートを目前に控えスタジオで打ち合わせする(右から)石原さん、ナスカの千代竜太さん、本田華奈子さん=会津若松市・リンキーディンクスタジオ
 
故郷への自問自答/自分なりの愛し方探す
 会津若松市飯盛山のスタジオ。会津出身のデュオ「ナスカ」のレコーディングが続く。2人のプロデューサーで、楽曲の作詞を手がける石原信一さん(58)=東京=も表情が張り詰める。
 18歳で故郷の会津若松市を離れて以来、作詞家、放送作家、ルポライターなど文筆で活躍してきた。代表作には森昌子さんのヒット曲「越冬つばめ」(作詞)などがある。「保証のない仕事。よくぞここまで生きてきたなと思う」
 「地方で育った団塊の世代に共通することだが、東京の文化に飢えていた」。ほかの少年と違っていたのは詩を書いていたこと。中学3年で詩人サトウハチローさんの詩集を手にし、文化の薫りに魅了された。
 高校3年、予備校の講習で上京したのを機に、サトウさんが自宅で開いていた詩の勉強会に通い始めた。ある時、師から「最年少なんだよね」と声を掛けられた。「最年少ということに可能性を感じた。自分には詩があると思った。若者は故郷を出て行きたがるが、私には詩が理由だった」
 しかし、進学で上京すると勉強会からは次第に足が遠のいた。「大学(青山学院大)に入ると時代の空気を濃厚に感じた」。1968(昭和43)年、大学闘争のニュースが流れていた。「勉強会で、こんな詩を書いている場合じゃない―なんて言ったりした。自分の居場所ではないと思い始めた」
 20代は目まぐるしく過ぎた。母校で小劇場を立ち上げバリケード内でけいこを重ねた。アルバイトで放送作家を始めると、いつしか文筆が本業になっていた。30代では作詞で大きな賞も受けた。
 会津での仕事にかかわるようになったのは8年ほど前から。「その時、故郷って何って考えた。外の世界が見たくて飛び出した。だから『山青く』なんて通り一遍の愛し方はいや。私なりの愛し方があるはずなんだ」最近は、今春開校する只見町の統合中学校の校歌を作詞、ナスカがレコーディングした。ナスカは、石原さんが作詞したJR東日本のキャンペーンソングがデビュー曲だった。
 その曲「約束の少年」では「ここにいる」という言葉が繰り返される。「一度飛び出た。なのに、なぜ今また、ここにいる―っていうことかな」。10日、会津若松の會津風雅堂で開かれるナスカのコンサートでも、その自問自答の詩が歌われる。
ナスカ 2004(平成16)年、ストリートミュージシャンの千代竜太さん(24)=会津美里町=と民謡歌手で当時高校3年だった本田華奈子さん(20)=会津若松市=で結成。06年6月、初アルバム「紅立葵(べにたちあおい)」を発表。
 


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