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▽5  【07 3/9掲載】
芥川 克己さん(米づくり)
芥川 克己さん(米づくり)
 自宅の蔵をバックに「誰かが守っていかなければ」と農業への思いを語る芥川さん=会津坂下町
 
水田を守り続ける/減反の中で耕作地拡大
 記録的な暖冬で雪のない会津。3月上旬にもかかわらず農地は黒い土に覆われ、飯豊連峰の白さと対照が鮮やかなほど。「まるで4月下旬。田植えどきの水がどうなるか」
 県内屈指の米どころ、会津坂下町の専業農家芥川克己さん(57)は天候を気にしながらも、おおらかだ。「自分たちの世代が一番、いろいろあったから」。柔和な表情には長年、農地を耕し続けてきた自信がにじむ。
 1949(昭和24)年、代々続く農家の長男に生まれた。県の農業短大を卒業すると、迷いなく実家を継いだ。70年春、20歳の時だった。「会社員の初任給が1万2000円の時代、米1俵(60キロ)が1万円。『これはいいな』と思った」
 町会議員などを務め忙しい父親に代わり、間もなく4.5ヘクタールの自作地を耕す農家の稼ぎ頭になった。だがこの年、農政は大きな曲がり角を迎えた。水稲の生産調整、いわゆる「減反」が71年産米から始まった。
 「しかし、そんなことがずっと続くとは思わなかった」。高度経済成長を背景に米価は上がり続けた。値上げを訴える農協の街頭デモは「米価闘争」として大きなニュースだった。
 20代の芥川さんも当時、血気盛んで知られた県農青連(現JA福島県青年連盟)の一員として、日比谷公園から国会までのデモに参加した。「71年から73年ごろ。会津中の若者がこぞって上野行きの夜行列車に乗り込んだ。毎年、暑い時期だった。東京に行くというだけで楽しかった。米価も田中角栄総理の時、1俵2万円を超えた」
 その後、農家をめぐる状況は厳しさを増す一方だ。米の消費量は減少を続け、減反面積は拡大の一途をたどった。米価は今や1俵1万6000円ほど。食管制度自体が崩れた。だが、減反が進むにつれ耕す農地は広がった。中心的な農家に農地を集中する農協などの取り組みもあり、離農していく農家の土地を引き受けた。今、作業受託などを合わせ水田25ヘクタール、米から転作した麦畑30ヘクタールを耕作する。
 「食費に占める米の値段なんて小さなもの。それなのに、なんでみな米を食べなくなったのか。米の消費量はもう増えないだろう」と言う芥川さん。それでも「誰かが守らなければならないから」。今、跡継ぎを宣言した長男衛さん(25)の存在が頼もしいという。
減反 米の生産過剰に対応し作付面積を調整する国の政策。71年は約150万トンの過剰米を予想し全国一律10%の減反を実施。現在の生産調整は生産数量を割り当てる方式で07年、本県には水田面積の約30%相当の生産調整が配分された。
 


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