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ふくしま 団塊の道標TOP
▽9  【07 3/16掲載】
ノーマン・三本松さん
(オーナーシェフ)
一人では生きていけないのをシカゴで知った三本松さん。生まれた地にも食の縁結びで貢献しょうと準備に忙しい
 
音楽でメッセージ/伝説を残す兄貴的存在
 「着の身着のままでスーツケース一つ。親から20万円借りての旅立ちだった」。シカゴに飛び立ったのは1971(昭和46)年9月29日。そして昨年2月、がんの手術を受けたのを節目に自分を見つめ直し、36年間、仕事に打ち込んできた米国を離れ、福島市の「ふくしまスカイパーク」で新たな食を提案するレストランを開く決意を固めた。
 還暦間近の選択は若き日の夢と重なる。生まれたのは、両親が樺太から引き揚げて石川町に居を構えた47年。「開拓農業に死にものぐるいで、食べ物は少なく自給自足。肉もめったに味わえなかった暮らしが食いっぱぐれのない職に就く動機」
 高校を卒業し東京で10年間、フランス料理を修業。希望に燃える目は海外に向かう。ビートルズの曲を口ずさみ、アメリカ人を街で見つけると話し掛け、語学も必死で吸収した。
 シカゴでは低賃金、重労働の洗礼も受けた後、フランス人のシェフに引っ張られ、会員制クラブでフランス料理主体のレストランに職を得た。ビルの八十階にあり、政治家やビジネスマンがお客。永住権も取得、自分の力を開花させる新天地に。「当時はアメリカ人シェフはおらず、フランス人だけ。下働きから本物のフランス料理に開眼した」
 言葉の壁を打ち破るため積極的にアメリカ人に接し、フランス語は映画が教師になった。「今は英語でけんかしても負けない」
 やがて実力が評価されて仕入れも担当、ロスを大きく減らした。「食材を捨てたり、腐らせないため何とか食べさせる料理を工夫、無駄を出さないようにして支配人から信頼された」
 負けじ魂を発揮した勲章は家。最初はアパートだったが、結婚後は2LDKのマンション、そして小さめの一軒家から99年には600坪(1800平方メートル)の家を手に入れた。
 その家を売っての帰国。会社を興して福島らしい味づくりに挑む。「フレンチを基本に地元の食材を生かし、こんなおいしい食べ方があるのかと家族で楽しめるレストランにしたい」。4月にオープンの予定。
 心残りのシカゴには老後のマンションを確保、「親切にしてくれたアメリカ人は好き。支えられているのを実感した」。
 がんの手術で輸血を受けた血が流れるシカゴも今や古里。2つの祖国を持った料理人は食文化の懸け橋となる覚悟だ。
 シカゴ暮らし 勤めたのは「ミッド・アメリカクラブ」。キッチンは真ん中、四方にミシガン湖などの眺望が広がり、1000人前後のパーティーをこなす。ノーマンは日本名「憲昭」に由来、送別のパーティーを2度開いてくれたという。
 


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