【 被災をバネに(1) 】 避難先でつかんだ夢

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 4月8日。葛尾村の松本みう(15)は、広野町に開校した県立中高一貫校ふたば未来学園高に入学、夢への第一歩を踏み出した。

 「私、頑張るから」「ちゃんと朝ごはん食べるんだよ」

 ふたば未来高1期生

 入学式後、母弘美(44)と言葉を交わした。初めての寮生活に不安もあるが、「1期生として頑張らなきゃ」という思いは強い。

 原発事故で、大好きだった古里が避難区域に指定され、避難を余儀なくされて4年余り。本宮市を経て、村が役場機能を移す三春町の仮設住宅に2011(平成23)年夏から避難、同町の小中学校に通った。村の同級生12人の大半は郡山市など別の自治体に避難し、離れ離れになった。

 村に住んでいたころを振り返ると、楽しかったことを思い出す。鼓笛の練習で副指揮者になったこと、剣道大会で優勝したこと。村の同級生は皆幼なじみで、今でも「特別な友達」と思っている。しかし、原発事故により、葛尾村では今、生活できない。

 ただ、避難先で新たにつかんだ「夢」がある。

 避難先だった仮設住宅には、高齢者を中心に50人余りが生活している。家の周りを歩けば、誰かしらから声を掛けられた。ふたば未来学園高の合格が決まった時も、近所のおばあちゃんから「そういう高校に行くのは偉いね」と祝福された。

 「介護福祉士になる」

 「みんな家族のようだ」と思う。避難生活を送るうち、いつしか「介護福祉士になって村のみんなを支えたい」という思いを抱くようになった。

 昨秋、進路を考え、真剣に悩んだ。ふたば未来学園高が掲げる「社会に貢献する人材の育成」という言葉に心引かれた。同校で職業人育成を進めるスペシャリスト系列では、福祉の仕事も学べ、自分の夢にも通じると考えた。一方、陸上大会での活躍が目に留まり、避難先近くの高校の教諭からは、運動部へ入部しないかと誘いも受けた。

 中学校での三者面談を控え、親子で進路を話し合った。「自分が行きたい所に行けばいいんだよ」と弘美。自分の思いを尊重してくれる言葉を聞いて、「介護福祉士になる」という、みうの思いは、さらに強くなった。

 夢の実現に向けて踏みだしたみうを見て、弘美は「震災後の4年でずいぶん成長したな」と頼もしく思う。新しい学校で、先生たちも手探りの船出だろう。娘には、とにかく高校生活を楽しんでほしい。避難生活は今も大変だが、「みうも夢ができたし、悪いことばかりではなかったかな」と思う。

 ふたば未来学園高の入学式。みうは桜の形をした紙に「将来仕事で貢献するため資格取得を目指す」と抱負を書き、壁に張った。「いつか葛尾村に戻って、村の福祉施設で働きたい」と考えている。(文中敬称略)