【 被災をバネに(4) 】 警察官として生きる

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【 被災をバネに(4) 】 警察官として生きる

夢だった警察官としての一歩を踏み出した斉藤さん

 富岡町から福島市に避難し、昨春まで浪江高のサテライト校に通学していた斉藤直貴(19)は、入学後すぐ、「将来は警察官になりたい」と担任教諭に夢を語ったことを思い出す。

 同校は、避難に伴い生徒数が減少し、職場体験の受け皿となる「地域」とのつながりが薄くなるなど震災前と比べて教育環境が大きく変化した。そうした逆境をバネに、直貴は昨年、県警に採用され、会津若松市で警察官人生の一歩を踏み出した。

 サテライトが後押し

 浪江高は震災直後、安達(二本松市)と好間(いわき市)の両サテライト校に分かれて授業を行い、2012(平成24)年度からは本宮高に設けられた仮設校舎に移った。

 震災前は400人近くいた生徒は、1学年15人ほどにまで減った。ただ、生徒数の減少を逆手に取った、きめ細かな進路指導も行われている。直貴も、そうした指導を受けた一人だ。

 1年時に警察官志望を伝えると、夢の実現に向けて学校に大きく後押ししてもらった。学校の働き掛けで警視庁の警察官に来てもらい、志望動機を掘り下げて考えることができた。教員に加え、ほかの生徒にも協力してもらい集団面接の対策もできた。校舎が移ったり、避難先からは電車での通学になったりと負担感もあったが、直貴は今「浪江高を卒業して良かった」と思う。

 「環境の変化からか、早期離職が目立つようになった」。進路指導を担当する、あるサテライト校の50代女性教諭は、震災前との変化を別の側面から捉える。外部の大人との交流を通して社会性を育むことができた「地域」が失われたことが、早期離職の背景にあると考えている。就職先の企業に先輩がいて後輩の面倒を見る--といった構図も少なくなったように思う。女性教諭は「地元の人たちとのつながりを生む取り組みも大切」と考えている。

 「いつかは古里で」

 警察官として歩きだした直貴の胸には、震災時に自分の身を顧みず住民の避難誘導に当たっていた富岡署員への憧れがあり、サテライト校で育んだ絆は、今も古里への強い思いという形で残っている。直貴は「いつか古里で警察官として働きたい」との新しい夢を、これから実現したいと考えている。(文中敬称略)