【 柳津町・西山温泉(上) 】 神の名持つ静寂の里 あふれる生活感

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西山温泉の8源泉のうち三つの源泉が引かれた老舗旅館「中の湯」。別館のヒノキ風呂はゆったりとぜいたくな気分が味わえる

 奥会津の玄関口、柳津町中心部から南へ約10キロ。昭和村に向かう途中の山あいに静かにたたずむ西山温泉は、「神の湯」とも呼ばれている。只見川支流の滝谷川沿いに旅館や日帰り入浴施設が6軒。「神の隠れ湯」とも称され、せせらぎの音だけが響く静寂の中、木々に囲まれた渓流沿いに小さな旅館が点在する秘湯には、ふさわしい呼び名かもしれない。

 なぜ「神の湯」と呼ばれるようになったのか。地元に残る伝承では、伊佐須美神社(会津美里町)を守護するため大和朝廷が遣わした善波命(ぜんなみのみこと)が、当時の会津地方で権力を誇った豪族、千石太郎と激しく戦い、その際の傷を「神の湯」で癒やした―のが始まりとされている。西山地区には伝承にちなんだ地名が各所にあり、三つの温泉神社も鎮座する。

 神秘的な名称とは裏腹に、この山あいの温泉地はとてものどか。旅館が軒下で洗濯物を干している光景など「生活感」にあふれ、何台もの大型バスが大勢の客を運んでくるような温泉街とは全く異なる時間が流れる。

 ◆漫画家愛した宿

 「地元の人にとって温泉や神社は特別な存在ではなく、より身近なものです」と西山温泉組合長の金子孝一さん(43)。奥会津にはよく「日本の原風景」という言葉が添えられるが、そんな原風景を求め、全国各地から足を運ぶ温泉ファンが絶えない。

 団塊の世代を中心にファンの多い漫画家、つげ義春さんもそうした原風景を愛した一人だ。

 「ねじ式」などの作品で有名なつげさんは温泉好きでも知られ、1888(明治21)年創業の老舗「旅館中の湯」を気に入り、何度も足を運んだ。つげさんが訪れたのはちょうど現在の本館が完成したころだったが、あえて古びた旧館での宿泊を希望したという。

 「商人宿のような建物でしたが、つげさんは生活感のある雰囲気を好んだようでした」。女将(おかみ)の原由美さん(55)は当時を思い起こす。つげさんは、後に取り壊されたこの建物を自身の作品に描いた。

 西山温泉には八つの源泉があり、それぞれ効能が異なる。中の湯では神経痛や婦人病などに効くといわれる三つの源泉を楽しめ、白濁色の「中の湯」はヒノキ風呂、透き通った「荒湯」は露天風呂、内風呂の「杉の湯」には湯の花が舞う。硫黄のにおいをかぎながら肩まで湯船につかると、心身ともに解放され、日常のさまつなことは気にならなくなっていく。

 柳津町の斎藤文代さん(69)は、ゆったりと入れる風呂や、川のせせらぎが好きでこの宿を何度も訪れている。「自分だけの自由な時間を過ごすのが一番の楽しみ」。日常の中に、少しだけ特別感のある雰囲気。それが根強いファンを生み出す仕掛けになっているのかもしれない。

 【メモ】旅館中の湯=柳津町砂子原字長窪884。日帰り入浴可(午前10時~午後3時)

柳津町・西山温泉

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 【山の中腹に「まわり観音」】西山温泉から車で北東に10分ほどの山あいに久保田地区という集落がある。柳津の米どころといわれ、美しい棚田が目の前に広がる。同地区でほかに有名なのは「久保田三十三観音」。山の中腹をぐるりと回るように安置された「まわり観音」とも呼ばれる観音像は、家内安全などの御利益があるとされ、町内外から訪れる参拝者が絶えない。十字架を手にした「マリア観音」と呼ばれる珍しい石像もある。毎年4月29日には「久保田三十三観音まつり」も開かれ、大勢の参拝者が祈りを込めて観音像を巡る。

柳津町・西山温泉

〔写真〕久保田地区の山の中腹を回るように安置されている観音像。毎年4月29日のまつりには多くの参拝者が訪れる