【 福島市・土湯温泉(下) 】 四つの時代見つめて 露天風呂が充実

 
渓谷の絶景が楽しめる岩造りの露天風呂

 眼前に、新緑の季節に向けて次第に緑深まりつつある山々。湯につかりながら眺めていると、聞き慣れない鳥の鳴き声が聞こえてくる。見下ろせば清流・荒川の流れ。猿や鹿も姿を見せる。福島市中心部から車で約30分の近場に、これだけの大自然が満喫できる露天風呂がある。

 福島市の土湯温泉の向瀧旅館。温泉街の玄関口に位置する。鉄筋コンクリート9階建ての堂々とした建物だ。露天風呂は岩造りと檜(ひのき)造りの2種類あり、いずれも荒川の渓谷の絶景を楽しめる。ほかにも、信楽焼の陶器を使った「陶器露天風呂」など魅力は多い。

 1921(大正10)年創業の老舗で、東京五輪後の2021年には100周年を迎える。磐梯吾妻スカイライン開通(1959年)やバブル経済による追い風を受け、旅館は大いににぎわった。

 「自分がランドセルを背負って帰ってくるころ、旅館はちょうどチェックインの時間。毎日、『お祭りかな』というくらいお客さんであふれていた。バスが毎日入ってきた」。佐久間輝副社長(44)は、昭和の終わりごろをそう振り返る。

 ◆危機超えて成長

 旅館が東日本大震災により受けた被害は、極めて大きかった。3棟からなる建物のつなぎ目が離れ、「大規模半壊」の判定を受けた。「どこから手を付ければ良いのかも分からない状態だった。建て直せるかどうかも分からなかった」と佐久間副社長。長期の営業停止を余儀なくされた。

 旅館の再開を後押ししたのは、常連客や旅館の仲間たちなど、幅広い関係者の応援の声だった。行政や金融機関からの協力もあり、旅館は復旧工事に着手。2012年11月1日、震災から約1年8カ月ぶりに再開にこぎ着けた。

 再開初日から、待ち望んだ人たちで客室がほぼ満室となった。「『いつオープンできるの』と多くの問い合わせをいただいていて、本当にありがたかった」。旅館はその後、新たに露天風呂付きの客室を整備するなど成長を続けている。

 旅館を出て温泉街を歩くと、昨年リニューアルした公衆浴場「中之湯」など、真新しい建物が目に入る。復興に向けたハード面の整備が進んでいる。向瀧旅館が100周年となる21年に、温泉街は震災と原発事故から10年の節目を迎えることになる。

 佐久間副社長は「ハード面の復興は整ってきた。これからはソフト面の充実が大事。各旅館が特色を出し、一度土湯を訪れた人が『今度はあの旅館にも泊まってみたいな』と思ってもらえるような仕組みをつくっていきたい」と意欲を語る。

 大正に創業した旅館は昭和に客を増やし、平成では大災害と向き合った。令和は、旅館にとってどんな時代になるだろうか。日々変化する温泉街を歩きながら考えた。

 【メモ】向瀧旅館=福島市土湯温泉町字杉の下63。日帰り入浴は700円(税込み)、小学生以下無料。利用時間は正午~午後5時(受け付けは午後4時まで)

福島市・土湯温泉(下)

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 【温かいまんじゅうを提供】土湯温泉街にある「なかや菓子店」。「おんせんまんじゅう」やどらやきが旅館宿泊客らの人気を集めている。陳野原繁明さんと美紀さんの夫妻が営む。おんせんまんじゅうは温かいものを提供できるよう、少しずつふかして用意している。9種類にも及ぶどらやきは震災と原発事故の年に始めた新商品。震災の影響で売り上げが伸び悩んでいた時期に導入し、口コミなどで年々人気が高まっている。おんせんまんじゅう1個100円、どらやき1個130円(いずれも税込み)。営業時間は午前8時30分~午後5時。火曜定休。

福島市・土湯温泉(下)

〔写真〕「おんせんまんじゅうやどらやきが人気です」と話す美紀さん