県内有数の海外出稼ぎ移民者を出した地域の福島市荒井地区には、八幡神社の「外国渡航記念燈」のほかに、もう一つ記念碑がある。それは同市下鳥渡の日吉神社の「仏領マカテア記念」の石碑だ。
歴史研究者の故半沢光夫や同市荒井の郷土史研究家の渡辺智英は、この石碑について調べている。建立は1912(大正元)年で、荒井地区から仏領ポリネシア・マカテア島に渡った人々が総額「2法(2フラン)」を寄付して完成させた。旧鳥川村、佐倉村、平田村などからの渡航者約90人の名前が記されている。
八幡神社の記念燈にも、旧荒井村から同島に渡った人として阿部四郎、半沢兼吉、加藤啓亮、渡辺弁治郎、清野賢治、加藤太蔵、加藤安蔵、佐藤庄重、玉坂喜治郎、軒名伴三郎、曳地太治郎らの名が残る。
マカテア島は、現在も同じ名称で南太平洋の仏領ポリネシア・ツアモツ諸島にある。日本からの観光客が多数訪れる南国のリゾート地タヒチ島の北東約200キロに位置し、広さは21平方キロの小さな島。
この島は鉱石資源に恵まれ、10年からリン鉱石の採掘が行われ、多数の日本人が鉱山で働いていたという。しかし、67年には採掘が終了したという(小川和美氏論文「太平洋島嶼(しょ)地域におけるリン鉱石採掘事業の歴史と現在」、1998年)。
1800年代後半からの本県海外渡航移民は、ハワイや北米大陸が中心だった。しかしその後、渡航先は南米のブラジルやコロンビア、ペルー、そして仏領マカテアにまで及んでいる。その理由の一つには、米国が日本人の移住を制限したり禁止する排日の動きが強まったため、海外出稼ぎ渡航を希望する人々の行き先が米国以外の国に変化したことが理由となっている。
県内にある移民関係の史跡はこのほかに、大玉村の村社(村の神社)だった大玉神社にもある。海外渡航移民した人々の名前を刻んだ鳥居が、現代にその歴史を伝える。また、福島市南沢又の愛宕神社の石灯籠(とうろう)にも移民の名が刻まれている。
1990年、当時の福島東高歴史部の生徒は、福島市荒井の記念燈や愛宕神社の石灯籠に残る移民の名前を調べ、関係者へのインタビューを実施した。その内容は「浜田町界わゐ 第四号」に詳報されている。当時、顧問だった大内寛隆は「移民の歴史を知る人はあのころでも70歳以上と高齢化し、数少なかった。さらに現在は、市町村合併で旧町村役場の文書(もんじょ)が散逸している可能性がある」と、時間とともに移民の歴史が風化してしまうことを残念がる。(敬称略)
(報道部・藍原寛子)
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