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◇1◇   【07 9/28掲載】
ジェイク・シマブクロ
ステージから聴衆に笑顔で応えるジェイク。本県ゆかりの日系人として、平和への思いを伝える音楽が世界へ広がっている=9月3日、いわき市・ホテルハワイアンズ
第5部
戦後から現代の日系人
 
 高祖母が本県出身/音楽で友好の輪築く新世代
 
 1945(昭和20)年、第2次世界大戦の終結とともに米国在住の日系人は、住み慣れた地域に戻って懸命に生活の立て直しを図った。戦後の日系人は二世から三世へと世代交代が進み、現在は四世、五世の時代を迎えた。さらに、戦後に渡米した新一世、新二世と呼ばれる日系人が各方面で活躍し、米国社会に貢献している。10月28日に創立100周年の記念式典を開催する本県出身者やゆかりの人々による「南カリフォルニア(南加)県人会」も、平和な時代を迎えて新しい交流活動を進めている。戦後から現代社会に生きる本県出身者、本県ゆかりの日系人の姿を追った。

 「母方の先祖は福島。福島、そしていわきは特別な場所。きょうは本当にありがとう」。ハワイのウクレレ奏者ジェイク・シマブクロは9月3日、いわき市のホテルハワイアンズで開かれたコンサートで、観客席を埋めたファンに向けて日本語で感謝の言葉を述べ、日本式に深々と頭を下げた。

 独特の奏法と抜群のテクニックで、従来のウクレレ音楽のイメージを180度変え、「ウクレレ・イノベーター(ウクレレ革新者)」と呼ばれるジェイク。いわき市の常磐炭砿と常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)を舞台にした映画「フラガール」の音楽で人気が急上昇した。同じウクレレ奏者の弟ブルース・シマブクロとの競演も話題だ。

 1976(昭和51)年ハワイ・ホノルル生まれの30歳。高祖母(祖母の祖母)が本県出身という本県ゆかりの日系五世で、父方の祖先は沖縄出身。しかし母方の祖先の出身地が本県のどの地域か具体的なことは判明せず、「分かっているのは(母方の高祖母の)名字が『ニヘイ』ということだけ」。時間の壁がルーツ解明を阻む。四世、五世の世代では、祖先の出身地が分からない、一度も日本に行ったことがないという日系人は珍しくない。

 ジェイクが4歳の時、ウクレレを教えてくれたのは、やはりウクレレを弾く母。今やそのウクレレは、世界中どこへ行くにもジェイクと一緒、一心同体の存在になった。

 両親はジェイクが幼い時に離婚。「家は豊かではなかった」。それでも「母は『ウクレレ奏者になってもいいし、医者になってもいい。何をやってもいいから、あなたの最善を尽くしなさい』と応援してくれた」と感謝の言葉を続けた。

 ウクレレに熱中したのは、その音色が純粋で繊細、温かだったから。「言葉や住む地域が違っても、ウクレレがある限り、互いに理解し合える」と笑顔を見せた。

 最近、コンサートなどで日本に来る機会が増え、自らの祖先がハワイに渡った時に英語を学んだように、今、日本語を勉強し始めている。「自己流で、まだまだ駄目だけれど」とはにかむが、日本の報道機関とのインタビューや、ファンへのあいさつは日本語を交えるようにしている。

 ジェイクの音楽は今、ハワイや日本以外の地域からも関心を集める。第2次世界大戦で戦った日系人の元兵士の団体から「新しい世代の日系人ジェイクの音楽を聴きたい」と熱望され、近く、米国でリサイタルの開催を予定。南米の日系人団体からも招待の打診があるという。

 戦争や差別など祖先の苦難の上に、平和な現代が築かれた今、本県ゆかりの若い日系人の音楽が、ハワイから日本へ、そして世界へと友好の輪を広げている。(敬称略)

(報道部・藍原寛子)
 


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