波涛の向こうにTOP
◇16◇   【07 10/16掲載】
ガーデナー風雲録
発行された「ガーデナー風雲録」 1950年代ごろのロンモア(草刈り機)=ガーデナーの記念誌「グリーンメーカーズ」より
第5部
戦後から現代の日系人
 
 川柳に込めた思い/内外に日系人活躍伝える
 
 カリフォルニア州南部での日系人の一大産業が、100年を超える活動の歴史を誇るガーデナー(造園業)だ。1955(昭和30)年ごろの6000−8000人をピークに、現在は約1400人の日系人が同州南部で活躍している。

 日系ガーデナーの歴史は、「ガーデナーの父」と呼ばれるパイオニア南雲正次が60年に書いた「ガーデナー語録」、南カリフォルニア(南加)庭園業連盟の記念誌「グリーンメーカーズ」などに記されているが、今年6月に日系ガーデナーたちの日々の喜びや悲しみを五七五に託した川柳集「川柳に残るガーデナー風雲録」(関三脚編、南加庭園業連盟発行)が出版され、話題を集めている。

 アメリカの庭師の誉れ緑化の美

 民族の血と汗加州を緑とし

 カリフォルニアを緑あふれる美しい都市にした立役者が日系ガーデナー。風雲録では、チャーリー・チャップリンやグレゴリー・ペック、カーク・ダグラス、マーロン・ブランドら多くのハリウッドスターが、自宅の庭の手入れに日系ガーデナーしか雇わないなど、絶大な信頼を寄せていたことを記している。

 南加庭園業連盟会長(二本松市出身)の小山信吉は「日系人はほかの移民と違って庭の果物を盗んだりせず、時間通りに仕事を始め、出来栄えも丁寧で美しい。一人一人の確かな仕事と正直さ、勤勉さが、日系人への信頼を高めた」という。

 戦後、日系人が強制収容所から戻ると、ガーデナーの仕事は中国系、メキシコ系などの移民に奪われていた。55年には造園業から日系人を締め出す差別法案「マロニー法案(法案1671)」も州議会に出された。この時、白人は「キープ・カリフォルニア・ホワイト(カリフォルニアを白人の州に)」をスローガンに日系人を排斥したが、日系ガーデナーはこれに対して「キープ・カリフォルニア・グリーン(カリフォルニアに緑を)」と訴えた。マロニー法案は日系人の強い反対で、提出の翌年には廃案となった。

 子の為に庭から庭へ15年

 ロンモアと稼いだのです家が建ち

 「ロンモア」は草刈り機。多くの日系人が子孫に家や土地、資金を残そうと懸命に働いた。風雲録の編者関は東京都出身で本名関弘高。関が師事したのは、本県出身で「川柳つばめ吟社」主幹の花見留雄(喜多方市出身)。花見は、川柳を通じて在米日系人の思いを内外に伝える活動に貢献した。(敬称略)

(報道部・藍原寛子)
 


個人情報の取り扱いについてリンクの設定について著作権について

このサイトに記載された記事及び画像の無断転載を禁じます。copyright(c) THE FUKUSHIMA MINYU SHIMBUN