【平成16年】千円札に野口英世 医聖に再び脚光...『帰郷』祝う猪苗代町

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展示されている千円札の「2番券」。「命を惜しまず研究した博士の生涯を、子どもたちに伝え続ける」と語る八子館長=野口英世記念館

 2024年度に野口英世から北里柴三郎に引き継がれることが決まった千円札の肖像画。「今回の刷新はまさかのニュースだった。野口さんの千円札が発行された当時も、町を挙げて衝撃と喜びを分かち合った」。猪苗代町の野口英世記念館長の八子(やご)弥寿男(やすお)さん(82)は紙幣刷新のニュースを聞き、英世を描いた新札が発行された2004(平成16)年を思い返した。

 11月1日の発行当日、猪苗代町では町民が「お帰りなさい野口英世博士」と"帰郷"を祝うアーチを掲げた。「大正期に英世の凱旋(がいせん)帰国を迎えた祝福ムードの、まさに再現だった」。町役場前から町総合体育館など約2キロで提灯(ちょうちん)行列が繰り広げられ、八子さんも羽織はかま姿で参加。記念式典会場には大勢の町民らが詰め掛け、最後に万歳三唱した。「何度も万歳をしたい盛り上がりだったが、1週間前に発生した新潟県中越地震を考慮して、控えめにした」と振り返る。

 記念館には日銀の貨幣博物館に続いて番号が若い「A000002A」の2番券が贈られ、現在も展示室で見ることができる。当時の発行の影響は大きく、年間来館者数は十数万人増え、講演や出張展示を全国数百カ所で行うなど、記念館職員は目を回すほど忙しくなった。

 英世の肖像画の使用が決まったのは、発行2年前の02年8月だった。八子さんは「発表当日はインフルエンザで自宅で寝込んでいた」と明かす。そんな中でも報道各社から電話取材を受け、高熱に負けず何度も喜びを口にした。「国民の手元隅々まで野口さんのお札が行き渡ることを思うと感慨深かったし、本県が誇る『医聖』に再び光が当たることがうれしかった」。その思いは、流通が続く今も変わらない。

 英世の千円札発行から15年を数え、5年後には北里にバトンタッチする。「(英世の肖像が)もっと長く続くことを願っていたので残念だが、恩師の細菌学者に受け継がれることに縁を感じる」と八子さん。「千円札は変わるが、その功績を子どもたちに伝える重要性は変わらない」。教育が将来の研究者育成につながると信じ、情熱を燃やし続ける。

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 野口英世肖像の千円札 2004(平成16)年11月から、夏目漱石の肖像に代わって使われている。科学者として初めて採用された。肖像画はエクアドルの研究で成功を収めた当時の写真がモデルで、英世自身がお気に入りだった一枚。お札に印刷しているアルファベットと数字の組み合わせで約130億通りある「記番号」を約15年間で2度使い切り、そのたび印刷色が変更されている。

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 【平成16年の出来事】
4月・県歯科医師会長ら贈収賄で逮捕
9月・知事選で佐藤栄佐久氏が県政史上初の5選
11月・野口英世の新千円札発行
   ・平成の大合併で県内第1号、会津若松市と北会津村が合併

 〔国内・海外〕▼新潟県中越地震発生、死者40人▼プロ野球が大再編、選手会は初ストライキ▼アテネで108年ぶりに五輪
 流行語〕「チョー気持ちいい」「セカチュー」「冬ソナ」
 ヒット曲〕ゆず「栄光の架橋」一青窈「ハナミズキ」