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   川上温泉(下) 水原秋桜子
【11月1日掲載】

笠井 尚
(喜多方市)
▽5

 

 

水原秋桜子
 
 水原秋桜子(みずはらしゅうおうし) 明治25(1892)年東京市神田猿楽町12番地生まれ 昭和56(1981)年死去。俳人。「馬酔木(あしび)」を拠点に新興俳句運動を展開。自然の模倣だけでなく、想像力の必要性を説いた。勝常寺の薬師如来を詠んだ「しぐれふるみちのくに大き佛あり」も代表作。
 

 

色彩豊かに裏磐梯詠う
光太郎と智恵子が病気療養のため訪れた川上温泉の滝の湯付近。散策する人が通る以外は昔の面影をしのばせるものはない
 裏磐梯が美しいのは、ダイナミックな自然や、大小の湖沼群が織りなす神秘的な色合いに、誰しもが魅了されるからだ。

 評論家の山本健吉は、水原秋桜子について「鈍色の美学から、俳句を大胆に外光のもとへ引き出した」と評している。

 秋桜子は、俳句の革新を試み、そのための題材を求めて裏磐梯を訪れたのである。

 外光を拒否して、枯れてしまうのではなく、満遍なく光にさらし、生命のみずみずしさを句にしようとしたのだ。
 

  出版されている句集をひもとくと、裏磐梯を題材にした句は、昭和10年、昭和13年、昭和15年に集中している。新境地を拓ひらこうとして、度々足を運んだのだった。

 とくに、私が愛唱句としているのは、猪苗代町の川上温泉の入り口や、その手前でつくった作品である。いずれも色彩感にあふれている。

 山津波新しき瀧を岨そばに懸く
 牧へ行く仔馬こうまが瀧に打たれ過ぐ

 川上温泉の入り口で、山津波によって磐梯山の一角が崩れ、地形を一新してしまった。

 そこを車で通りかかった作者は、新しく崖がけができ、さらに、瀧までかかっていたのに、度肝を抜かれたのである。泥の悪路になっていたために、車も傾きながら通り抜けたのだ。

 もう一つの句は、かなり想像が加わっているともいわれるが、山津波の跡にさしかかる半里ほど前で、実際に目撃したのがベースになっている。

 草鞋穿わらじはきの男にひかれていく二頭の仔馬こうまを見て、瀧のしぶきに濡れていくさまを思い描いたのだ。同行していた友人から「あれは牧場に連れて行くのです」と聞いたので、瀧のしぶきに打たれる仔馬を連想したのだろう。

 秋桜子は、馬の優しい目と視線が合ってしまったのだろうか。可憐かれんな生き物としての体温が伝わってくる。

 この2つの句を口ずさみ、さらには今回取材してみて、川上温泉の真上に磐梯山がおおいかぶさっているというのを実感した。猪苗代町に属していながらも、裏磐梯の玄関口なのである。

 そして、秋桜子の「細野牧場と檜原湖」を句にしたなかの一句については、磐梯山の登山口で、すぐ目の前に磐梯山がそびえていることもあって、川上温泉での作と私は勝手に決め付けている。イメージが重なるからだ。

 空近く噴火の温泉あり星祭り

 きらびやかなホテルや旅館がひしめくのではなく、素朴な民宿が中心なのだから、星空はどこまでも澄み切っている。源氏蛍の群生地としても知られている。さらに、五色沼のハイキングコースに行くにも、便利である。

 瑠璃るり沼に瀧落ちきたり瑠璃となる

 やはり、水原秋桜子の句である。沼に流れ落ちる小さな瀧の水が、周囲の蕗ふきの葉をゆるがせているが、それが水面に落下すると、瑠璃色に染まる情景に圧倒されたのだろう。
 瑠璃色とは、紫を帯びた紺色のことで、それこそ、自然が与えてくれた賜物たまものなのである。

 秋桜子自身も自らの作品を「岩にせかれた水は白く泡だって見えるが、沼に落ちるとたちまち沼の色と同化して瑠璃色になってしまう。それを面白いと思った」と解説している。

 秋桜子にとっての裏磐梯は、「新鮮な風景俳句」(山本健吉)を生み出すには、絶好の場所であり、五色沼だけでなく、新しい瀧にも魅せられたのだ。 

 


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