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貧しい漁村であったがために、空腹にさいなまれる日々が続いた。中学から一高に進むことができたのは、奇跡としか言いようがなかった。体が衰弱してしまって、動くのがやっとの状態だった。
東大に入学してから、養父となる人とめぐりあい、そこからようやく運命が拓ひらけた。養父の世話で大学を卒業し、3年間の役人生活を経験し、フランスに留学する夢までかなったのである。官僚としての栄達も約束されていた。
しかし、芹沢は、フランスの地で結核に倒れ、生死の境を彷徨さまようことで、「人間は大自然の力から使命を与えられている。不幸にして、その者に使命と違った生き方をしている場合、大自然は愛するが故に、結核にして、その者に使命を知らせている」との啓示を受けた。
芹沢にとっての使命というのは、小説を書くことであった。作家として没頭すればするほど、病は癒やされたのだった。
昭和13年ごろにはようやく健康体になったが、その年の文藝春秋3月号には、「競馬官の頃」という短編を発表している。役人時代のことを回顧した自伝的小説である。
主人公の濱口正吉は、福島競馬の監督として、出張を命ぜられ、飯坂温泉で誘惑の罠わなに陥りそうになるが、それをはねつけた。
清く生きることは、清く愛することだという思いが根底にあって、一緒になることを誓い合った鞠子のことが頭から離れないからだ。
彼女は父からの結婚の許可を得られる日まで、パリに脱出することとなり、この2年間は文通するしか、愛を確かめる手だてはなかった。それだけに、濱口は無性に、鞠子への思いがつのってならなかったのである。
飯坂温泉の風景も、鞠子を偲しのぶ背景として描写されている。
「街といっても、川岸に十数軒の古めかしい温泉宿が竝ならんでこれという趣もなかったが、川を隔てた小高い岡の雑木林が紅葉に夕陽をうけて鮮やかに、澄んだ秋を思わせていた。自然に足もそちらに向うのだが、街を出て、川べり伝いにみのった稲の中の路を抜ければ、黒くかかった橋に出られそうである―手を握ったきりで別れたことを心残りに思うという鞠子の言葉が、胸にしみて、せつなく思い出された」
そうした物思いに耽ふけっていると、遊廓から飛び出した女たちに連れ込まれそうになった。何とか振りほどきはしたが、「今夜遊びに来ればいいんだよ」と卑猥ひわいな罵声ばせいを浴びせられた。
濱口は、その女たちを軽蔑けいべつしたのではなく、よろよろと付いていってしまいそうな自分が恥ずかしくてならなかった。
潔癖さの故に、役人生活は、わずかな期間で終止符を打つことになった芹沢は、自らの心の葛藤かっとうを、主人公濱口に託したのだった。
大地主が横暴を極めていた時代に、小作人を救済しようとしたり、地方競馬の不正を糺ただそうとして睨にらまれた芹沢は、飯坂温泉でやるせない傷心を慰めたのに違いない。
「崖がけぶちの川にのぞんだ浴槽」で、くつろいだ芹沢は、ひとときの平安に浸つかったのだろう。
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