|
第1部TOPへ
|
|
|

5 |
赤ちゃんを救え |
|5|(2006.05.05) |
|
 |
 |
| 彩花ちゃんと同じころに生まれ、NICUで治療を受ける快生ちゃん。お母さんはベッド脇に彩花ちゃんの写真を張り懸命に励ました=昨年10月、大垣市民病院 |
|
|
|
|
励まし合うママ友達/臓器提供の声生かせず
|
岐阜県大垣市民病院三階のNICU(新生児集中治療室)に神達彩花ちゃんが転院して半年が過ぎた昨年6月ごろ。母宏美さんに、難病の子どもを抱える母親同士の「ママ友達」ができた。
難病の子持つ気持ち共有
子どもの名前から、今村快生(かいせい)ちゃんの母庸子さんを「快ちゃんママ」、猪股由香さんを「大ちゃんママ」、長沢麻未さんを「亜樹ちゃんママ」、宏美さんを「彩花ママ」と呼び合った。
話をするうち、全員が同じ気持ちでいることを知った。「私の責任では」と自分を責めて「丈夫な体に生んであげられなくてごめんね」と謝り続けていた。同じ気持ちのママ同士で話すと気が晴れ、やがて互いの子どもをわが子のように思うようにもなっていた。
快生ちゃんは、彩花ちゃんより11日前に同じ産院で生まれ、その日のうちにNICUに転院した。心臓の大動脈と肺動脈が反対に付いた難病で、生後2週間で16時間の心臓手術を受けた。庸子さんは快生ちゃんのベッドに彩花ちゃんの写真を張り、「快生も本当に頑張っているね。彩ちゃんも頑張っているよ」と毎日毎日励ました。
茨城県で救う会が募金の準備に入った11月4日。快生ちゃんの容体が急変した。心臓マッサージを続けたが午前11時44分、鼓動は止まってしまった。
悲しみのなかで庸子さんは宏美さんに話しかけた。「快生は心臓以外のほかの臓器は強かった。移植が必要な彩花ちゃんに臓器をあげられないのかな。本当に頑張った子だから、彩花ちゃんの中で臓器だけでも生きていてほしいの」。宏美さんは息をのんで庸子さんを見つめた。「快ちゃんが亡くなったばかりなのに、そんなことを言ってくれるなんて」。しかし、条件が整わず結局、臓器提供はかなわなかった。
手術で治る可能性信じて
快生ちゃんの告別式の翌日。彩花ちゃんと宏美さんは慶応病院転院のため都内へ向かった。わが子を亡くした快ちゃんママと大ちゃんママ。難病と闘う亜樹ちゃんとママ。全員が揃った。
「大介の治療法は肺の成長を待つことだけだった。私たち夫婦は奇跡を信じて、少しでも大介が大きくなるのを願った。大介はもういないけれど、手術をして治るものなら1%の可能性でも手術を受けた。宏美さん、彩花ちゃん、頑張って」。ママ友達は心の中でエールを送り、走り去る救急車を見送った。
|