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ドナーと家族 15(2006.06.15)
アメリカ・ボストンでドナーとなった留学生間沢朝子さん(間沢洋一さん提供)

家族で臓器提供決断/娘の死に直面、意思尊重
  娘の朝子さんの病状や治療について質問し続けた父間沢洋一さんは最後に「先生、うちの朝子をどう思いますか」と医師に思いをぶつけた。すると医師は「こんなに若くて美しい人を救えなくて本当にごめんなさい」と謝罪した。洋一さんは涙をこらえきれなかった。
医師の説明、謝罪に納得
 3人は病院に着いてから集中治療室で朝子さんを見守ってきた。看護師はおしぼりや氷水を持ってきてくれ、医師は真摯(しんし)な態度ですべてを説明してくれた。そして最後に謝罪の言葉。すべてに納得できた。
 容子さんが「日本に連れて帰りたい」と母親の切実な思いを伝えると、医師は「私たちは皆さんのために全力を尽くします。日本に連れて帰るのか、この病院で診るのか。何でもおっしゃってください」。そして静かな口調で「この国では、ギフト・オブ・ライフ(臓器提供)という考え方があります。朝子さんは何かおっしゃっていませんでしたか」。医師はそれ以上は何も言わなかった。母容子さんと妹の広子さんは、朝子さんが免許証でドナー登録していたことを思い出した。しかし同時に、今医師に言えば一度に臓器提供へ進むのではと不安も抱いた。
「朝子らしい生き方―」
 「3人で話す時間をもらえませんか」。広子さんが申し出て、3人は真夜中の病院の外に出た。ドナー登録を電話や手紙で知らせてきた朝子。広島、長崎への原爆投下では軍人だけでなく市民の命が失われたと、大学でただ一人問題提起した朝子。動物が大好きでタイ旅行でも絶対にゾウの背中に乗らなかった朝子。30分ぐらいの間に、3人にはたくさんの思い出が浮かんだ。「臓器提供。朝子らしい生き方だなあ」。洋一さんはそう思った。
 最後に洋一さんは容子さんに尋ねた。「(臓器提供を)どうする」。すると容子さんは「いいわ」と答えた。洋一さんと広子さんは反射的に同じ言葉を発した。「いいの。本当に」
 実は容子さんにもさまざまな思いが去来していた。「私は朝子の意思を電話や手紙で何度も聞いている。もし私の勝手で提供しなかったら、彼女の意思を聞かなかったことになる。私も後悔する」。広子さんも「もし今、朝ちゃんに聞いたら『いいよ』って言うと思う。朝ちゃんって、そういう人じゃない」。
 娘の死という認めがたい現実に直面して、その意思を尊重する−。3人は暗闇の中でお互いの手をしっかりと握り合った。
 
 


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