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ドナーと家族 |
|21|(2006.06.22)
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| 講演会で同席した田中さん(右)と湯沢医師。感激の出会いの後、高校生を前に、2人は臓器提供や移植医療について講演した=茨城県水戸葵陵高 |
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かなわぬ娘との再会/父が見つけた新たな夢
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ドナー(臓器提供者)となった娘理恵さんの父田中和行さんは、時間がたつにつれて「かなわない夢」を抱くようになった。「理恵の臓器を移植した患者さんにぜひ会いたい」。しかし日本では、ドナーの家族と移植患者が会うのは禁止されている。心理的な影響が大きいことが一番の理由で、臓器移植が年間2万件を超す米国でも、臨床心理士らによる両者の心理的ケアの後、さらに時間をかけて面会の可否を判断する。
田中さんにとって理恵さんの臓器を移植した患者に会うことは、理恵さんとの「再会」でもある。面会による影響も十分理解しているが、思いは募るばかりだ。
その代わりに田中さんが見つけた夢がある。それは全国各地を訪ねて、臓器提供や移植について理解してもらう活動だ。一昨年と昨年は福島医大でも医師や医学生、市民を前に講演した。小学生の刺殺事件が起きた長崎県では「命の大切さを学ぼう」という動きが起き、学校や病院に5回も招かれて話をした。
4月のある日、田中さんは「命と医療を知る授業」のため茨城県の水戸葵陵(きりょう)高(秋山和衛校長)を訪れた。水戸医療センター移植外科の湯沢賢治医師も講師で出席した。2人は初対面だった。秋山校長も交えて臓器提供の話をしていると、湯沢医師が田中さんにこう話し掛けた。「もしかして田中さんの娘さんは、あの病院で臓器提供をされたのでは」。田中さんは驚いて聞き返した。「ええ。そうですが」
移植した医師との出会い
すると湯沢医師は突然、顔を真っ赤に紅潮させ声を震わせた。「実は、私がその時、いただいた腎臓を患者さんに移植させていただいた者なのです」。田中さんの両目が涙でみるみるうちにふくれあがった。「ああ、先生が理恵の腎臓を移植してくださったのですか」
湯沢医師は言葉を続けた。「娘さんの腎臓は非常に状態が良く、移植直後から尿が出ました。患者さんも極めて順調に回復しています。あの移植は忘れません。素晴らしい贈り物をいただき、本当にありがとうございました」。湯沢医師は深々と頭を下げ、2人は涙でにじんだ目でお互いの手を握り合った。
娘と一緒の全国行脚続く
「私は1人で全国に講演に出掛けるけど、ちっとも寂しくない。理恵がプレゼントしてくれたこのネクタイを締めて、理恵のビデオや写真を持って、いつも理恵と一緒だから」。田中さんの全国行脚はまだまだ続く。
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