連載 ホーム 県内ニュース スポーツ 社説 イベント 観光 グルメ 健康・医療 購読申込  
 
 
第4部TOPへ
TOP 第1部 第2部 第3部 第4部

臓器獲得機関OPO 43(2006.12.1)
摘出手術では移植医2人から3人、手術看護師、循環看護師、ドナー・コーディネーターらが入室する(本文と写真は関係ありません)   

赤ちゃんがドナーに/最初で最後の摘出手術
 今年2月。米国の人々がのんびりとした祝日の朝を迎えたころ、ある病院からOPOのドナーデスクに「臓器提供者(ドナー)候補が現れた」と一報が入った。 
移植チームを緊急招集
 OPOのドナー・コーディネーターのイサベル(仮名)は前夜から病院に駆け付けていた。脳死と判定され、死亡宣告を受けたドナーの遺族から臓器提供の同意を得ていた。連絡を受けたOPOと移植病院は、移植医3人とパフュージョニスト(循環看護師)で構成する臓器摘出チームを編成、緊急招集した。OPOの緊急車両は約1時間半後に病院に到着した。
 ドナーは生後数カ月の赤ちゃん。午後3時、赤ちゃんにとって最初で最後の「手術」、臓器摘出手術が始まった。
 イサベルは前日、病院に駆け付けた直後から赤ちゃんの死は事件の可能性が高いと知り、死因を調べる専門機関メディカル・イグザミナー(検死官)事務所に通報。検死官と連絡を取っていた。
 臓器摘出チームは約2時間10分かけて心臓と肝臓、小腸、脾臓(ひぞう)、胃、膵臓(すいぞう)を摘出。医師が摘出した臓器は保存液(UW液)に入れられ、循環看護師が臓器の安全性を確保するUNOS(全米臓器分配ネットワーク)やOPOの基準に従って梱包(こんぽう)。手術終了の10分後、摘出チームは手術室を出た。同時刻、移植を受ける生後数カ月の赤ちゃんの手術が別の病院で始まっていた。
 臓器提供病院の手術室に残ったイサベルらドナー・コーディネーター2人と手術看護師は、ぬれたガーゼで赤ちゃんの体を丁寧にふいた。何件もの臓器摘出手術に立ち会ったイサベルだが、その目は真っ赤だ。もう一人のドナー・コーディネーターが赤いカーネーションを1本持ってきて、赤ちゃんの遺体の上にそっと乗せた。
 イサベルのマスクが鼻のあたりで大きくふくらむと、瞳からは涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。「赤ちゃんのドナーはいつも辛いわ」
亡き患者の遺志実現へ
 OPOのドナー・コーディネーター、キャリーは自分の仕事を「亡き患者の臓器提供の遺志を実現すること。そして遺族には愛する家族が亡くなった後にも『ほかの患者の命を救えるという希望がある』と知ってもらいたい」と語る。「脳死は死」と法律で決められた米国では、臓器提供は「死後の選択」だ。
 赤ちゃんの遺体は白いビニールケースに入れられ、寝台に寝かされた。手術室を出た後も、イサベルの目からは涙が止まらなかった。
 
 


〒960-8648 福島県福島市柳町4の29
ネットワーク上の著作権(日本新聞協会)
国内外のニュースは共同通信社の配信を受けています。

このサイトに記載された記事及び画像の無断転載を禁じます。copyright(c)  THE FUKUSHIMA MINYU SHIMBUN