異彩の画家・若冲(1)象と鯨図屏風 現代人も驚く発想

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 国内外で愛される江戸時代の画家、伊藤若冲の名作を紹介する「東日本大震災復興祈念 伊藤若冲展」が3月26日、福島市の県立美術館で始まる。
開幕を前に、国内外からの出展作品約100点(会期中入れ替えあり)の中から若冲の代表的な題材である動植物の作品を中心に挙げ、若冲作品の魅力に迫る。

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 三日月のように細い目と、まん丸で大きな耳。ふくよかで真っ白な胴体は、どっしりと大地に座り込む。だが同時に、渦を巻いた鼻と、鈍く光りとがった牙が天を指す。

 夢の中でまどろんでいるように見え、雄たけびを上げているようでもある。ユーモラスな雰囲気とは対照的に、目の奥の瞳は笑っていない。

 象の姿には、見る者の型にはまった意味付けを冷笑するような、とらえどころのない不思議さがある。

 図は、江戸時代中期に描かれた「象と鯨図屏風(びょうぶ)」(1795年、MIHO MUSEUM)。六曲一双といわれる、6面の屏風が左右一組となった構成で、右隻にこの白い象がどっしりと構える。対して左隻には、潮を噴き上げる黒い鯨が、ともに墨だけでダイナミックに描かれている。

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【墨で描いた王者の躍動】

 作者は画家、伊藤若冲(じゃくちゅう)(1716~1800年)。京都を拠点に活躍し、84歳で没するまで数々の傑作を残した。「象と鯨図屏風」も79歳の年の作だ。その、他に類を見ない独特の画風で「異彩の画家」「奇想の画家」と呼ばれ、現在も国内外で人気が高い。

 「なんだか、よく分からない。けれど、絵について何の知識も持たない人でも、びっくりする。200年以上たった今の私たちにも、素直に面白いと思えるじゃないですか」  県立美術館の伊藤匡学芸員は、若冲作品の魅力の第一に「驚き」を挙げる。

 「象と鯨図屏風(びょうぶ)」には、さまざまな若冲(じゃくちゅう)作品の魅力が詰まっている。 

 まず、筆頭に挙げられた「驚き」。象と鯨の大胆な取り合わせは、まさに見る者を驚かせる。

 象も鯨も若冲の生きた時代、ともに珍奇な巨大生物として絵の題となった。このうち、若冲が好んで描いた象は享保13(1728)年、広南(現ベトナム)から雌雄2頭が長崎に到着し、翌年には京都、江戸へと陸路をたどり、各地で沿道に人垣ができたという(「若冲ワンダーランド」より)。

 伊藤学芸員は、新しいもの、面白いものが好まれた18世紀の京都の空気を映している―と解説しながら「ただ、この絵のテーマが純粋に『陸と海の王者の対峙(たいじ)』だったのか。実は、その裏側に若冲が傾倒した禅宗に通じる意図があるのではないか。謎が多い」と言う。

 実はこの作品、「発見」されたのが2008(平成20)年。北陸で存在が確認されてから10年しかたっておらず、まだまだ研究の余地が多いといわれ、若冲の奥行きの深さを印象づける。

 だが、絵をじっと見ると、背景にある謎とは裏腹に、その熟達の技は実にくっきりとシャープだ。

 それぞれ縦約160センチ、横約350センチ、継ぎ目のない大きな1枚の紙に描かれた「主役たち」の輪郭に、線はほぼなく、墨の濃淡で表現されている。象の立体感、鯨を取り巻く波の躍動感を生み出しているのも墨のぼかしだ。

 鯨の背中には、紙の上から墨を落とし、にじみの濃淡を出す「たらしこみ」という技法が用いられ、皮膚の質感を出している。

 視線は形にも引き付けられる。象の鼻が描く渦巻きや、鯨が巻き上げる波のうねりは、一種デザイン化されている。

 伊藤学芸員は「日本美術のいろいろな描き方が駆使されている。狩野派などさまざまな流派を学んだ若冲が、晩年描いた、まさに集大成的な作品」と話す。

 (「象と鯨図屏風」は会期の後半のみ展示)

 伊藤若冲(いとう・じゃくちゅう) 1716(正徳6)年、京都錦小路の青物問屋の長男として生まれ、23歳で家督を継いだ。家業の傍ら、狩野派、尾形光琳や中国・元代、明代の画法を学び、40歳で隠居した後は、画業に専念し、類いまれな才能によって多くの名作を残した。

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