【奥州街道・全6回(5)】 門前町垣間見える名残

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安達太良山円東寺の山門越しに望む二本柳宿。家々は新しくなったが、門前町の名残が垣間見える

 奥州街道をたどる旅は二本松市の市街地を抜けて旧安達町の郊外へ。車社会に慣れたせいか、やや狭く感じる道を西に直角に曲がると、かつて宿場町として栄えた二本柳宿に着いた。西に一直線に延びる道の正面には、この宿場町を見下ろすように安達太良山円東寺が立つ。周囲の家は新しくなったが、家の並びに円東寺を中心とした門前町の名残が垣間見える。

 「昔は道の真ん中に堀があった。そこでみんな洗い物をしてたんだ」。二本柳宿の東端の家に住む吉田道雄さん(82)が、風情ある古い写真を見せてくれた。堀の両脇にかやぶき屋根の家屋が整然と立ち並ぶ。「どこかで見た風景だな」と考えるまでもなく、それが下郷町にある観光名所「大内宿」とほぼ同じ情景だと分かった。「残しておければ良かったんだろうけどね」。吉田さんは苦笑いした。

 吉田さんが見せてくれた資料によると、二本柳宿は二本松城下の二本松宿と八丁目宿(福島市松川町)との、ほぼ中間にあって中継駅の役割を果たし、1598(慶長3)年の町割り(土地の区画整備)と伝わる。上杉景勝が豊臣秀吉から若松城(鶴ケ城)を与えられた年。奥州街道沿いに宿駅を整備する際、水利と地形に恵まれたこの地を選んだという。

 明治10年代に作製されたという地図によると、道の両脇には約60戸の家屋が並び、道の中央を堀が流れる。地番は農地も含めて「壱(いち)番」から「九拾(じゅう)九番」まであり、堀の南側が59、北側が40。地図で北側の「九拾伍(ご)番」と記されている吉田さんの住所の番地は今も95。地図を見ると両隣の家屋との間に余分な隙間はほとんどなく、奥に向かって長い家屋がきれいに立ち並ぶ。

 堀の流れは円東寺のある西が上流で東が下流だが、より江戸に近い東が『上(かみ)』で西は『下(しも)』。「地元では下から上に流れる『逆さ水』と呼ばれ、二本柳の男の気が強いのは、逆さ水を飲んでいるからだと面白おかしく歌った歌もある」と吉田さんが教えてくれた。
 古い宿場町の姿を長く残した二本柳宿は全国的にも有名で、昭和40年代までは文化財研究家や大学関係者などが、宿場町の「現存地」として研究に訪れていたが、時代と生活様式の変化には勝てなかったようだ。

 ほとんどの家屋が当時の面影なく生まれ変わり、大内宿とは対照的に現代的な姿を見せる。地域おこしのために作った「角屋」「竹屋」「問屋」などと家業を記した看板が当時を思い起こさせるが、掲げる家も次第に少なくなっている。

 合併前の旧安達町で助役を務め、二本柳宿から少し離れた所に住む熊本教男さん(71)によると、二本柳宿では何度か大火があった。建物が密接しているため、一度火事が起こると、かやぶき屋根づたいに燃え広がったという。そのため、以前は交代での「夜回り」もあり、住民が鐘を打ち鳴らし、警戒を呼び掛けながら朝方まで周囲を歩いた。熊本さんも、夜回りを終えてから出勤した思い出があるという。

 大内宿とは対照的に現代化の道を歩んだ二本柳宿の分岐点は、道の真ん中にあった堀を道路の両側に寄せて舗装化した時だと考える。「真ん中に堀があっては2本の道路を造るのと同じぐらいお金がかかる。当時、そうはできなかったんでしょうね。それも一つの街道の物語じゃないですか」

 二本柳宿の「その後」を知ってか知らずか、地名の由来となった2本の柳の大木は旧国道4号沿いに移されており、この日もさらさらと風に揺らいでいた。

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【 記者の「寄り道」スポット 】

 詩人・彫刻家の高村光太郎の妻で詩集「智恵子抄」でも知られる高村智恵子を育んだ「智恵子の生家」=写真=が当時の面影そのままに立つ。明治初期に建てられた生家は造り酒屋で、新酒ができたことを知らせる「杉玉」がつるされている。屋号は「米屋」で、酒銘は「花霞」。智恵子の部屋は2階にあったという。裏庭には酒蔵をイメージした「智恵子記念館」があり、智恵子が晩年没頭した紙絵などが展示されている。

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  中華料理宝華(電話0243・23・3116)の人気メニューは宝ソバ(油ソバ、税込み650円)=写真。遠方からも食べに訪れる。スープがないのが特徴でラー油や酢を加えると、別の味わいが楽しめる。キムチ宝ソバ(税込み750円)やチャーシュー宝ソバ(同900円)、ネギチャーシュー宝ソバ(同1000円)のほか、季節限定の冷たい油ソバ(同650円)もある。

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 二本柳宿の西端に位置する安達太良山円東寺=写真=は807(大同2)年に徳一(とくいつ)大師が安達太良山中腹に開山したとされ、大日如来を本尊とする。1598(慶長3)年、二本柳宿が成立したため、現在の場所に移築されたという。
 この地方最古とされる由緒正しい古寺で、境内には樹齢約400年という枝垂れ桜の大木があり、「円東寺の糸ザクラ」と呼ばれる。

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