【 福島・文化通り(下) 】 個室で暮らす『新住民』 けだるい表情
会社帰りのサラリーマンや学生たちが多く行き交う夕暮れの文化通り周辺。通りの中ほどから、一本折れた通りには静かに開店準備が進む居酒屋が並ぶ。築50年を超える古いビルが昭和の雰囲気を残すこの繁華街の一角に、街の新しい"住民"たちが姿を見せる。
2匹の白猫と、白とグレーのまだら模様の1匹。けだるそうな表情を見せながら人けのない駐車場に座り込み、たまに人が近づいても逃げ出すふうでもない。「おなかすいたの」。一軒の居酒屋から顔を出した女性が餌の入った皿を差し出すと、猫たちはゆっくり女性に近寄った。
文化通りから続くこの通りに昨夏から居酒屋「春夏冬(あきない)」を構える橋本淳子さん(58)と、3匹の出会いは昨秋の福島稲荷神社の例大祭だった。祭りの人出で熱気が漂う市街地。橋本さんは道路を隔て、店の前にあった駐車場に姿を見せた猫たちに目が留まった。「遊んでいたら情が移っちゃって」。3匹のうち1匹はこの店の前の主人の飼い猫と知っていたが、ほかの2匹は野良猫だった。3匹とも去勢は済んでおり、ほかの2匹も以前近くにあった別の店が世話していたという話は耳にしていた。
元々猫好きだった橋本さん。多い時には自宅で5匹の猫を飼っていた。でもその猫たちが死んでしまってからは、猫は飼わないと決めていた。「いなくなった時のさみしさはもう味わいたくないと思っていたから」。冬が近くなり寒さが増したころ、「寒いとかわいそうだから」と、店の前に猫たちの住まいを作った。知人に頼み、木材と発泡スチロールを組み合わせたアパートのような個室がある手作りの住まい。今ではひとしきり外で時間を過ごした3匹が安心できる家となり、橋本さんが開店準備で店に姿を見せた後は、あまり遠くに行ってしまうこともなくなった。
◆気ままに生活
今、橋本さんの一番の気掛かりは通りを走り抜ける車との事故。正確な年齢までは分からないが、3匹の年齢は10歳を超え、動きもそんなには素早くない。「孫みたいなもんだから、どうしても心配になんだよ」と橋本さんは笑う。
夏の日差しを思わせるある日の午後。猫たちは訪れた記者に一度は近寄って体をすり寄せたものの、カメラを向けるとすぐに車の下の日陰に入って眠り始めてしまった。「マイペースなんだよ」と橋本さん。この通りの新住民たちは結構気まぐれだ。
≫≫≫ ちょっと寄り道 ≪≪≪
【オリジナルコーヒーが自慢】文化通りの中央付近、ビルの2階にある通り唯一の喫茶店が「珈琲の街」。1978(昭和53)年7月に営業を始め、市民に親しまれてきた。自慢のオリジナルコーヒーのほか、午前11時~午後3時のランチタイムには人気のオムライスやオムレツ、ホットサンド、ハンバーグなどを目当てに訪れる多くの人でにぎわう。
〔写真〕落ち着いた雰囲気の喫茶店「珈琲の街」
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