【 石川・鈴木重謙屋敷跡 】 ほしい『未来』自ら開く 自由を求めて

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商店の合間にひときわ目を引く鈴木重謙屋敷跡の表門(左)

 石川町の中心にあるクリスタルロードは、夏まつりや御神輿(みこし)パレードが行われるメイン通りだ。店が連なる商店街は約140年前、若き活動家たちのエネルギーが燃え上がった東日本の自由民権運動の発祥の地だった。

 当時をうかがい知るような痕跡を探すと、商店の合間に重厚な門に目が引かれる。門が立っているのは、大庄屋で自由民権運動の中心人物の一人、鈴木荘右衛門と養子重謙を輩出した鈴木家の屋敷跡だ。明治初期には行政事務所「石川会所」として使用され、区長として赴任した自由民権運動家河野広中の活動の拠点となった。重謙は後に町長も務めたこともあり「重謙屋敷」とも呼ばれる。町で歴史研究に当たる石陽史学会前代表小豆畑毅さん(76)は「一時、事務所としても使われ、石川の自由民権運動にとって重要な場所。古い町民は『重謙様』と呼んでいた」とその価値を語る。屋敷は老朽化などから1996(平成8)年に一時解体、2014年に表門が復元された。

 人が集まる憩いの場にしたい―。15年冬に地元の高校生有志らによって屋敷跡を活用したまちづくり活動が始まった。「子どもたちに走り回ってほしい」。敷地内に天然芝を敷いて広場をつくると、クリスマスにはイルミネーションを施したヒバの大木のツリーを設置。その後も子どもたちと交流する手作りイベントなどを定期的に企画した。歴史的な建造物と子どもたちを結ぶ活動は町外からも注目され今年3月、北海道苫小牧市に招かれ取り組みを発表した。「まちづくりや屋敷の歴史を伝えた。たくさんの質問が上がり反応も良かった」。参加した鈴木悟さん(学法石川高3年)は活動に手応えを感じている。

 ◆情熱受け継ぐ

 町は本年度、屋敷を復元する。解体後保管していた柱などを使い、座敷や土間、居間などの部屋を再現する。自由民権運動の資料を展示するほか、周辺を含めて史跡公園へと整備する計画で、町民や観光客、学生らが集う場所として想定する。

 生徒たちは今、「これからここで何ができるか」を考えている。「子どもたちに来てもらえるような公園が良い」「カフェみたいに休める場所もほしい」。さまざまなアイデアが浮かぶ。舘滉平さん(県立石川高3年)は「歴史的な部分の知名度を上げるような取り組みを考えたい」と熱く語る。

 「次世代にふるさとを知ってほしい。郷土の歴史を掘り起こすことはまちづくりにも大事なこと」と石陽史学会現代表の鈴木吉重さん(64)。町の歴史を研究し伝え続けてきた町民も若い世代を温かく見守る。

 自由民権運動に携わったのは20、30代が中心。広中らが運動のための結社石陽社の前身となる有志会議を設立した当時、重謙は10代後半だった。「ほしい未来は自分たちでつくる」。時代や目的は変わっても若い世代のエネルギーは受け継がれている。

石川・鈴木重謙屋敷跡

 ≫≫≫ ちょっと寄り道 ≪≪≪

 【ペグマタイト鉱物の三大産地】石川町の名前にもある「石」は町民の身近な存在で駅や公共施設などに展示されている。中でも火成岩の一種「ペグマタイト」の鉱物は結晶が大きく、日本三大産地の一つに数えられる。町立歴史民俗資料館は11月5日まで町の貴重な鉱物を紹介する企画展を開催中。

石川・鈴木重謙屋敷跡

〔写真〕磐城石川駅前に設置されているペグマタイト