【 川内・再生の山村 】 何度でも来たくなる 不思議な磁気発する村

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川内村に活気とにぎわいを取り戻す狙いでオープンしたカフェ・アメィゾンの日本1号店

 阿武隈山系を南北に走る国道399号から川内村中心部の交差点に差し掛かると、都会的な建物が存在感を放つ。タイ最大手のコーヒー・チェーン店「カフェ・アメィゾン」の日本1号店だ。新国立競技場をデザインした建築家の隈研吾さんが手掛け、県産材で作ったモニュメントが前庭を彩る。村内外からカフェ目当てで足を運ぶ人も増えてきた。

 阿武隈山系の深い山林に抱かれた標高約400メートルの高地にある山村は復旧・復興事業で往来するトラックを除けば激動の歴史を感じさせず、穏やかな時を刻む。かつては豊富な森林資源から日本一の木炭産地となり、中心集落の通りに沿って山積みの木炭が並んだ。1939(昭和14)年には村民税が一部無税になるほど裕福な村だった。

 太平洋戦争の空襲で中心集落が焼け落ちたものの、木炭と材木は戦後も村民の大きな収入源だった。「山があれば食べていける」。それが一変したのは石油が主力燃料となったエネルギー革命だった。村民は稲作や畜産業に活路を見いだし、減反のあおりからソバへの転作に汗を流した。

 村の歴史に詳しい前村教育長の石井芳信さん(72)は「川内の良さは自然の豊かさと人の温かさ」と語る。「苦楽を共に乗り越えてきたからこそ、他人でも身内のような付き合いが生まれていったのでは」

 ◆熱烈なファン

 2011年3月の東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で全村避難を強いられ、村は存亡の危機に直面した。昨年6月に避難指示が全て解除され、人口の8割に当たる約2200人が帰還した。それでも郷土から失われたものは有形無形数え切れない。「地域の人間関係も崩れてしまった」と石井さん。しかし、全国から差し伸べられた支援の手が新たな絆を結んだ。

 カフェを出店した大阪市の会社社長岩本泰典さん(55)は震災後、村にほれ込んだ「川内ファン」の一人。14年6月に環境商材の製造工場を村内に構え、昨年11月にはカフェもオープンさせた。「地域に根差し、外から人を呼んで楽しく交流する場所をつくりたい」と夢を描く。

 熱烈な川内ファンの元祖で「かえるの詩人」として知られた草野心平(いわき市出身)は、1988年に没するまで村民と心の通った交流を続けた。名誉村民に推挙され、村民からかやぶき屋根の別荘「天山文庫」を贈られた心平は「福島縣双葉郡川内村」と題した詩で村の気質をこう表現した。

 <それからまた殺伐騒擾(そうじょう)の東京にもどるだらう。
 けれどもこの茅葺(かやぶき)の家にいつなんどきでももどつてこれる。
 自分はこの村の名誉村民。
 御褒美は毎年木炭百俵。
 これもユーモラスで異常だ。>(一部抜粋)

 再生へと歩む村には新しい息吹と、原発事故前から変わらぬ原風景が交錯し、内外の人を引き付ける不思議な磁気を発している。

川内・再生の山村

 ≫≫≫ ちょっと寄り道 ≪≪≪

 【地元産にこだわった十割そば】国道399号沿いの旅館小松屋に併設された「蕎麦(そば)酒房天山」は、川内産にこだわった風味豊かな十割そばを味わえるスポット。築80年の古民家を移築した店内には、いろりを囲んでゆったりとした時が流れる。ざるそば、かけそば900円から。水曜日定休。営業時間は午前11時30分~午後2時。夜間は予約のみ。

川内・再生の山村

〔写真〕川内産の十割そばを味わえる「蕎麦酒房天山」